2009.07.03

ブランディングズ城は荒れ模様  (P・G・ウッドハウス)

ブランディングズ城は荒れ模様ブランディングズ城は荒れ模様 (ウッドハウス・スペシャル)
P・G・ウッドハウス 著 森村 たまき 訳
国書刊行会 2009-02-25


『ブランディングズ城の夏の稲妻』(→感想)の後日譚と云いますか、ほぼ直後の話。
前作で巻き起こった事件はひとまず収束しますが、その後にまた同じ様な出来事が巻き起こります。
要はギャラハッド閣下の回顧録とロニーとスーの結婚話をめぐるドタバタがメインですな。
故に、エムズワース卿は愛豚エンプレスのことで苦悩しまくり(笑)、若き恋人同士はまたしても試練にさらされ、豪快なる女傑たちと老練なる紳士たちは手を結び、ブランディングズ城にはまたしても不吉な嵐が吹き荒れることになります。今回なかなかうまいこと立ち回っているピルビーム探偵の暗躍っぷりにもハラハラ(笑)。
前作と殆ど同じノリと展開なのですが、飽きてしまうかという心配は御無用です。
テンポ良く進む物語と丁々発止のやりとりを楽しみつつ読んでいると、こんがらがった話がどんどん大団円まで引っ張られていきます。やっぱりこのシリーズは楽しいです!
相変わらずぼんやりゆったりなエムズワース卿と恐るべき妹たち、粋で素敵なギャラハッド閣下に再会できたのは嬉しいなぁ。
あとは何と云っても執事のビーチですね!
職務に忠実なところと、閣下の原稿を読んで盛り上がっちゃうお茶目さん振りがキュートでした。
今回出てきたキャラクターでは、ギャリー閣下の回想録出版で巨万の富を手に入れようと息巻く出版社社主のティルベリー卿に、のらくらでぼんくらな気のいいお坊ちゃんのモンティ・ボドキン君がいい味出してましたね。
しかし、どうして皆こんがらがった話をますますややこしくするのが得意なのか。
まあ、そこが面白くて堪らない理由なんですがね(笑)。

エムズワース卿ものの長篇で一番美味しい所を持っていくのって、実はギャリー閣下なのではないかと前作を読んだ際に思いましたが、この作品でもやっぱりそうでした。
ロニーに説教するシーンが素敵でしたよ。閣下本当に恰好良いな!!
閣下ファンの方はどうぞ御存分に彼の魅力を堪能なさって下さい!!(って自分もそうですけど)
エムズワース卿の魅力はやはり短篇集の方が良く出ていると思いますので、ふんわりおじいちゃんがお好みの方は文春版の短篇集をどうぞ~。




<ウッドハウス作品感想>

■国書刊行会版

ジーヴスもの。
『比類なきジーヴス』
『よしきた、ジーヴス』
『それゆけ、ジーヴス』
『ウースター家の掟』
『でかした、ジーヴス』
『サンキュー、ジーヴス』
『ジーヴスと朝のよろこび』
『ジーヴスと恋の季節』

エムズワース卿もの。
『ブランディングズ城の夏の稲妻』

短篇集。
『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』

■文藝春秋社版
『ジーヴズの事件簿』
『エムズワース卿の受難録』
『マリナー氏の冒険譚』
『ユークリッジの商売道』


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2009.02.12

ユークリッジの商売道 (P・G・ウッドハウス)

ユークリッジの商売道 (P・G・ウッドハウス選集4) 画像クリックでamzonへ

『ユークリッジの商売道』
P・G・ウッドハウス 著 岩永正勝・小山太一 編訳 文藝春秋 刊


ウッドハウス選集の第四弾です。
収録作は以下の通り。

「ユークリッジの犬学校 」
「ユークリッジの傷害同盟 」
「バトリング・ビルソンのデビュー」
「ドーラ・メイソン救援作戦 」
「バトリング・ビルソン再登場 」
「男の約束 」
「婚礼の鐘は鳴らず 」
「ルーニー・クートの見えざる手」
「バトリング・ビルソンの退場 」
「ユークリッジ虎口を脱す」
「メイベル危機一髪」
「きんぽうげ記念日」
「ユークリッジと義理義理叔父さん」
「ユークリッジの成功物語 」
『ツイてる男』第二話「青天から霹靂」

事業を成功させるには、奇抜とも云えるような素晴らしい発想力とそれを実現しようとする行動力、大胆さと細心さ、人当たりの良さと他人を惹き付ける魅力が不可欠であるかと思います。
黄色の雨合羽(マッキントッシュ)を身にまとい、立派な鼻には鼻眼鏡を乗せて針金で大きな耳に結わえ付けているという服装からしてなんとも個性的な本書のタイトルロールである、スタンリー・ファーンショー・ユークリッジ(※ファーンショーはFeatherstonehaughと綴ります。難しい!)にはそのすべてが備わっています。
これでどうしていっぱしの青年実業家として大成功しないのか。
それは一攫千金な儲け話を鵜呑みにする分別の無さと、小金を手にした途端に豪遊し始めちゃう計画性の無さのせいで全部自分の首を絞めまくっているからなんでしょうねぇ。
抜群の企画力があるんだから、それを売り込んでみるのも良いでしょうに、見果てぬ夢の錬金術(笑)を追いかけてしまうフリーダムっぷりにはいっそ清々しささえ覚えてしまいますよ。
友人にお金をせびりまくったり、服を無断で借りまくったり、果ては恩多い伯母さんに迷惑をかけまくっていたり(しかも後足で砂をかけまくっているような迷惑行為ばっかりやってるしさ……)と、読んでいてあんまりお知り合いになりたいタイプではないと云うか、積極的に関わり合いになりたくない人物です。
しっかし、彼の学生時代からの善き友人である語り手のコーコラン(コーキー)君やジョージ・タッパー(タッピー。外務省のお役人なんですよ。ユークリッジみたいな奴と付き合いがあるのが不思議でたまらない真面目な好人物)は本当にお人好しですよねぇ。
普通、ここまで喰い物にされたら絶縁するんじゃないかと思いますが、たぶんそんな欠点(?)を補ってあまりある程、ユークリッジには愛嬌があるのでしょうな。
犬の学校を作ってみたり、雑誌の定期購読についている傷害保険でひと儲けしようとたくらんだり、向かうところ敵無しなボクサー(ただし、その条件が揃うのがとても大変)のマネージメントをしてみたり、次から次へとしょうもないことに手を出しては全部見事に失敗しまくっていますが、そんな彼の破天荒な言動は読んでいる我々小市民への反面教師的な応援歌にもなるのでは……ないかなぁ(笑)。
語り手のコーキーと一緒にユークリッジに突っ込むのはとても楽しかったです!
まったくしょうがない奴だなぁ、と諦めモードでつきあってみると宜しいかと。

同時収録の「青天から霹靂」はユークリッジとは逆に、儲けようなんてさっぱり思っていないのにうっかり資産家になってしまったローランド・ブリーク君の話です。
美味しい儲け話(実は詐欺)にうかうかとひっかかってしまったローランド君の運命や如何に!

蛇足ながら、「メイベル危機一髪」 、 「きんぽうげ記念日」 、 「ユークリッジと義理義理叔父さん」 の三作品は
国書刊行会版の『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』に収録されている「メイベルの小さな幸運 」 、「バターカップ・デー」 、「ユークリッジとママママ伯父さん」 と同じ作品です。
訳の違いを楽しむの一興かも。



<ウッドハウス作品感想>

■国書刊行会版

ジーヴスもの。
『比類なきジーヴス』
『よしきた、ジーヴス』
『それゆけ、ジーヴス』
『ウースター家の掟』
『でかした、ジーヴス』
『サンキュー、ジーヴス』
『ジーヴスと朝のよろこび』
『ジーヴスと恋の季節』

エムズワース卿もの。
『ブランディングズ城の夏の稲妻』

短篇集。
『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』

■文藝春秋社版
『ジーヴズの事件簿』
『エムズワース卿の受難録』
『マリナー氏の冒険譚』


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.10.14

逃れの森の魔女 (ドナ・ジョー・ナポリ)

逃れの森の魔女 画像クリックでamazonへ

『逃れの森の魔女』

ドナ・ジョー・ナポリ 著 金原瑞人・久慈美貴 訳 青山出版社 刊


「その鉢、おばあさんが作ったの?」グレーテルが指さしてたずねる。
「そうだよ」
 グレーテルは欲しくてたまらない目付きで鉢を見つめている。けれども口から出た言葉には、そんな気配は少しも表れていない。「使いやすい大きさね。いろんなものがいれやすそう」
「なんにも入れないことにしているのだよ。汚れないようにね」
 グレーテルの顔がぱっと明るくなる。「ほんと。ほんとにけがれていない感じ」
「きれいだと思うかい?」
「きれい? うん、そうかもしれない」グレーテルは考えこみながら答える。「でも、きれいっていうより、けがれてないのよ。大事なのはそっちでしょ」

(同書 P142より引用)


『わたしの美しい娘―ラプンツェル』が非常に好みだったのでかなり期待していましたが、童話の再話を得意とする著者の作品なので予想以上でした。
こちらは「ヘンゼルとグレーテル」の再話もの。
ヘンゼルとグレーテルをお菓子の家に誘い込んで食べようとする魔女を主人公にした物語です。
信心深く、優れた治療師であり娘を愛する母親だった「醜い女」が悪魔と取引させられ、魔女として歩まざるを得なくなる過程が丁寧に描かれているので、彼女の行ったことに同情しこそすれ、断罪することなどはできませんでした。
彼女が傲慢さだと考えるものでも読んでいるこちらにとっては自負と取れるものでしたし、娘への愛は執着と云って片付けてしまえるようなものでもありません。美しいものに憧れる気持ちも虚栄心や欲からくるものだと責められるようなものでもなく。弱さが悪いと云ってしまうのは簡単なことですが、彼女の持つ哀しい弱さは人間誰もが持ち得るものであります。その点を著者は知り尽くしているように思えました。
そんな過去を経た末に、魔女という存在に貶められ、それでもなお森の家で気概を持って生きようとする彼女の元にヘンゼルとグレーテルが現れます。
ここからは読者が親しんできた物語に沿う展開へなっていきますが、孤独な暮らしをしていた魔女が子どもたちのぬくもりによって温かな気持ちを取り戻していく件りなどは結果が既にわかっているのに、三人のこの暮らしがずっと続いていって欲しいと叶う筈もない願いを抱いてしまう程でした。
そして訪れる平穏な生活の破綻はあらかじめ決まったものではありますけれど、読んでいて切なくてやりきれなくてたまりませんでした。
魔女と鉢とグレーテルのエピソードは特に素晴らしかったです。
魔女の元に最後に訪れたものに関してここでは触れませんが、魔法の円から始めた物語を再び魔法の円で閉じる手腕もお見事。そもそも原題が「The Magic Circle」なのから当然と云えば当然ですね。
短めの話なのに読後の満足感はとても深いです。
静かで美しい言葉で紡がれるもうひとつの童話の世界を見てみたいとお思いの方にはお薦め致します。
ただもう絶版なようなのでその点が非常に残念……。


なお、本作ではグレーテルの方が姉となっています。訳者あとがきによれば、英米ではグレーテルの方を姉とする方が多いのだとか。
ヘンゼルが兄になっていることにずっと馴染んでいたもので、はじめはちょっと違和感を覚えたのですが、グレーテルの利発さを考えたらこちらの方が納得がいく形ですね。

装画が印象的だったので、どなたの手によるものなのかと考えていましたら、出久根育さんのものでした。
不思議さと不気味さとが品良く同居していて作品のイメージにぴったり。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.09.23

ぼくとルークの一週間と一日 (ダイアナ・ウィン・ジョーンズ)

ぼくとルークの一週間と一日 (sogen bookland) 画像クリックでamazonへ

『ぼくとルークの一週間と一日』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 著 大友香奈子 訳 創元ブックランド 刊


両親を亡くして大おじの一家に引き取られたデイヴィッドは、ことあるごとに恩着せがましく感謝を要求する親戚たちにうんざりしていた。
そんな生活にとうとう我慢ができなくなったある日、デイヴィッドは彼らに呪いをかけようと思い立ち、でたらめな文句を唱えてみたところ、地面が揺れて塀が崩れ、ルークと名乗る奇妙な少年が現れた。
彼が現れてからのデイヴィッドの生活はおかしな形にゆがみはじめ、やがてルークを追う者たちとも関わってしまうことになり……。

ダイアナ・ウィン・ジョーンズの初期作品。
下敷きになっているのが北欧神話で一週間とくれば、神話を御存知で察しの良い方ならすぐにルークの正体や次々出てくる人物の見当もつくかと思います。ここで語るのも無粋なのでその辺は割愛。
物語自体もさほど長くなく、テンポの良い会話と展開の面白さでどんどん読ませてしまうタイプなので、するっと読了できてしまいました。
ただ、厭な人の書きっぷりが巧みだったり(笑)、人間世界と神々の世界が交わるあたりの雰囲気はきちんとしたファンタジーの迫力を持っていてとても読み応えがありましたし、デイヴィッドとルークの置かれている状況をリンクさせていたり、出てくる人が見た目通りの存在ではないことが示されるあたりや、大きな存在に対してもひるむことなくフェアプレイの精神を要求する主人公の力強さなど、ジョーンズ作品の魅力は当然のことながらここにも込められていると思います。

ジョーンズ作品にしてはかなり読みやすいかと思いますので、入門篇に良いかもしれません。
北欧神話好きにもとりあえずお薦め。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.09.09

美しいハンナ姫 (マリア・ケンジョジーナ)

美しいハンナ姫 (岩波少年文庫 153) 画像クリックでamazonへ

『美しいハンナ姫』
マリア・ケンジョジーナ 著 足達和子 訳 岩波少年文庫 刊


ポーランドの民話をモティーフに著者がまとめた物語集です。
収録作は以下の通り。

「美しいハンナ姫 」
「盗人のクーバ」
「王女さまの手箱」
「ヴォイテックの冬作物」
「若かったわたし」
「クリーメックの息子」


「美しいハンナ姫」は、七つ山を越え、七つ川を越えたむこうに、世界でいちばん美しい姫がいると聞いたハヌシ王子が彼女を花嫁にしようとするのですが、そのハンナ王女は世界中のどんな王子も自分にはつりあわないと云い放つ高慢な姫君でした。そんな彼女と結婚するために賢い王子がめぐらせた計画とは……。

なんかどこかで読んだことのある展開だなと思っていたら、グリムの「つぐみのひげの王様」と同じ構造でした。
庭師の弟子ヤーシェックに身をやつしたハヌシ王子があの手この手で王女を落とすまで(最終的には姫から求婚するは、駆け落ちにはOKするはで姫の方がべた惚れになってます・笑)の経緯にはツッコミどころも多いんですけど、ヤーシェックに裏切られたと誤解したハンナ姫が「わたくしにはヤーシェックだけ、ほかの誰も望まなかった」(P39)と考える場面が彼女の誇り高さを表していて印象的でした。
「七つ山を越え、七つ川を越えたむこうに」ってな云いまわしがとても素敵でこちらも印象に残ってます。
もともとはこの言葉が本の原題だったそうです。さもありなん。
以前、岩波文庫のハンガリー民話集を読んだ時にもお話のはじまりが「あったことか、なかったことか」というものでこれも忘れられない云い回しでしたが、中欧あたりの民話にはこういった素敵なフレーズが多いのかな。

「盗人のクーバ」は、家族を養うためにパンを盗んでしまった男、クーバが思わぬ形で国の危機を救う話。
「王女さまの手箱」は、誕生祝いに悪魔から金銀財宝が詰まった手箱を贈られたヤドヴィガ姫が欲にかられるまま、求婚者の王子と共に悪魔のもとへと旅立つ話。
「ヴォイチェックの冬作物」は、怠け者で「ろくでなし」と呼ばれる男ヴォイチェックが魔女に馬の姿に変えられ、呪いを解くために働き者になり、意中の娘アニェルカと結婚するまでの話。
「若かったわたし」は、若かった頃に怠けていたつけを歳をとってから払わなければならなくなった後家のペプルーラが、愛犬クシティックの導きによって「昔の年の国」へ若かった頃の自分に会いにいく話。
 「ヘイ、若かったわたしは ヘイ、どこへ行った?」
ではじまる歌の繰り返しがリズミカルで呪文めいていて素敵でした。
この話のはじまりの言葉「遠くでも近くでもないところに、美しい村がありました」も好きだなぁ。
以上の4作品は怠惰や強欲を戒めています。としてみると、ポーランドの人の美徳って勤勉と質素倹約につながるのかしらと考えてみたり。まぁ昔話では概ね怠け者や欲張りには罰が当たるものではありますが。
「クリーメックの息子」は、縁もゆかりも無い宿屋の息子が自分の職と家を継ぐとの神の予言を盗み聞いた司令官が悪魔の手を借りて神の意志に逆らおうとする話。
やることなすこと裏目に出てしまっているのに不屈の精神をもって事に当たる司令官の行いは方向性さえ間違ってなければ評価できると思います。
おそらく彼は自分の力だけで司令官の地位までのぼりつめて、そのことに自分でも自信と誇りを持っていたのではなかろうか。だからこそ、「神の意志」などというものに絶対負けたくなかったのではないかなぁとか本筋からはずれた非常にどうでも良いことを考えてみましたが、そもそもこの話の教訓は「神さまは良い行いには報いてくださる」(P297)ってことだから、神に逆らう傲慢さと残虐さを持つ司令官は罰せられて当然なのでしょうけどね。


この物語集は、第二次世界大戦後間もない1948年に刊行されたそうです。
戦争ですべてを失ったポーランドが、困難のさなかで民族の心の拠り所となるものを甦らせようとした熱い思いが込められている本だということを著者あとがきで知り、読み終わった後に静かな感動を覚えました。
大きな力に踏みにじられてすら消えゆくままにはさせまいとする、本の中に込められた人々の強い意志は後世へ繋げていくべきものなのでしょうね。
この小さな本が日本でもたくさんの人に読まれるといいなと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.09.04

第三帝国の興亡 1 (ウィリアム・L・シャイラー)

第三帝国の興亡 1 画像クリックでamazonへ

『第三帝国の興亡1 アドルフ・ヒトラーの台頭』
ウィリアム・L・シャイラー 著 松浦伶 訳 東京創元社 刊

ヒトラー政権時のドイツで活動していたジャーナリストが膨大な資料と綿密な取材により書き上げた歴史ノンフィクションの第一巻。
この巻では、ヒトラーの出自からその青春と不遇の時代を経て、総統としてドイツ国内で権力を掌握するまでが書かれています。

皆川博子氏のドイツものやここ数年で日本でも公開されたナチス時代を描くドイツ映画などの影響もあって、第三帝国に関しての興味が深まっていたのですが、ヒトラー関連の書籍はとにかく数が多く、いったいどこから手をつけてよいものやらと迷っていました。
そんな時にこの本が出版されたことを知り、第三帝国の歴史を概観できる良い機会だとばかりに読んでみることにしましたが、あまりにも膨大な情報量に圧倒されて読み進めるのに時間がかかってしまいました。

同時代を生きた著者ならではの臨場感溢れる描写は、通常は終わったこととして描かれることの多い「歴史」を現在進行形で起きていることであるかのように読者の眼前に突きつけてくるもので、結果はわかっているのに先をどんどん知りたくなってしまったり、事件と事件をつなぐ過程はどのように語られるのかとの興味が湧いてきたりと、歴史の本を読んでいると云うよりも群像劇的な歴史小説を読んでいるような気分になりました(不謹慎かもしれませんが)。
第一次大戦後のドイツ国内の緊張感溢れる情勢が微に入り細に入り記されており、そこにヒトラーという人物の生い立ちやひととなり、さらには彼に関わった人物らのエピソードが克明に描かれています。
ナチ党が紆余曲折を経て大きな組織となっていくあたりの描写はかなりの迫力でしたし、敗戦から泥沼に陥って悪化の一途を辿るのドイツ国内の社会状況の描写と合わせると読んでいて背筋が寒くなる思いでした。
巧みな演説によってどん底の中での甘言の威力が増し、平時であれば失笑されて終わるようなとんでもない説やあからさまに間違った選民意識などに人々が耳を傾けてしまうというような事態は現代にも等しく起き得ることだと思います。
その先に待っているものが破滅のみなのは周知の事実ではありますが、既に終わってしまった「歴史」から同じだけの危機感を自らの時代のものとして考えることができる人がどれくらいいるのでしょうか。突き詰めて考えようとすれはするほど恐ろしくなります。

噛み砕くのは大変ですが、非常に読み応えのある作品でもあります。
次巻はオーストリア併合とチェコスロヴァキアの消滅が語られるとのこと。
チェコとナチスドイツの関係については知りたいことが多いので次も非常に楽しみです。





第三帝国の興亡 1 (1)

Amazonで購入
書評/歴史・記録(NF)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.09.02

水のしろたえ (末吉暁子)

水のしろたえ 画像クリックでamazonへ

『水のしろたえ』
末吉暁子 著 理論社 刊


都から駿河へ赴任してきた国守(くにのかみ)菅原伊加富(すがわら いかとみ)は、大瀬(おせ)の岬でこの世のものとは思われぬ美しい娘と出会う。玉藻という名の娘に強く惹かれた伊加富は彼女を妻とし、都へと連れ帰る。
やがて玉藻は伊加富の子どもを身ごもるが、出産の際に命を落としてしまう。
母の記憶はないものの、側仕えの女房小松や父の愛情に包まれて育った真玉(またま)は幸福に暮らしていたのだが、征夷大将軍坂上田村麻呂の副使として陸奥の国へエミシ討伐に旅立った父が朝廷を裏切り敵前逃亡したとされ、住み慣れた邸にも火をかけられる。
小松とふたりで逃げ出した真玉は石山寺に身を隠して父の帰りを待つことにするのだが……。


羽衣伝説をモティーフにした歴史ファンタジーかと思っていたのですが、思っていたよりもファンタジー色は強くなく、人間の父と異界の住人の母の間に生まれた主人公の少女が自分の生きる道を自分で決める物語という印象でした。
異種婚姻譚が中心にある割には真玉と異界を直接繋ぐのは水底の国の番人であるギョイだけなので(間接的に繋いでいるのは母の残した「水のしろたえ」でしょうか)、幻想味はけっこう少な目に感じました。<水底の国>の詳細や<上つ国>との対比はもっと本文でじっくり読みたかったです。ファンタジー的には一番重要なところだと思うんですけど!
平安朝ものとしてば、坂上田村麻呂やアテルイに藤原薬子や高丘親王と、なかなか豪華な人物たちが登場しています。
ただ、様々なエピソードを盛り込むにしてはやはり物語が短すぎたような気がします。
蝦夷関連の出来事にしても宮中での出来事にしても、手際良くまとまっているなぁと感じながらもやっぱり喰い足りないんですね。歴史群像劇ではなくて真玉という少女を主人公に据えている以上は当然なのでしょうけれど、もうちょっと長い話として読みたかったです。
幼くても聡明な高丘親王の描き方も良かったですし、自分に正直な薬子の姿も鮮やかな印象を残していたので、宮中の話はもっと突っ込んで欲しかったな。
児童文学としてはあまりドロドロしたものを織り込み過ぎるのもよろしくないのでしょうが。

歴史もの寄りの少女の成長小説としては面白かったです。
丹地陽子さんのイラストも素敵でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.08.22

剣の名誉 (エレン・カシュナー)

剣の名誉 (ハヤカワ文庫 FT カ 2-6)画像クリックで amazonへ

『剣の名誉』
エレン・カシュナー 著 井辻朱美 訳 ハヤカワFT文庫 刊


「私が挑戦するのは、人にそんな仕打ちをするべきじゃないからです。誰もそのことに気づいていないし、気にもかけていないようですけど。特に卿はそうです。もう彼女は自分のものだと思ってて、両親もそう思ってて──伯父様でさえそう思ってる。胸が悪くなるわ」
 伯父は見たこともないような表情で私を見上げていた。そんなことがあるとすればだけれど、いまにも泣きそうだった。

(同書 P414より引用)


破産寸前の田舎貴族の娘キャザリンは、その元凶とも云うべき伯父トレモンテーヌ公爵から市の邸への招待を受ける。自分の未来を都会で拓けることを喜ぶキャザリンだったが、<狂公爵>の異名を持つ伯父が彼女に命じたのはなんと男装と剣客修行だった。伯父の考えに不満を抱きながらも、キャザリンは公爵の過去を良く知る師の下で剣術の才能を開花させ、友情と義侠心から名誉をかけた決闘を申し入れるまでの腕前となる。
その一方で過去の因縁を発端とする陰謀が水面下で動き出し、トレモンテーヌ公爵を窮地に追い込もうとしていた……。

『剣の輪舞』の続篇。十八年後の物語となります。
前作の『王と最後の魔術師』(→感想)を読んだ限りでは昔からかなりの女傑タイプだったのかな?と思っていたキャザリンですが、少女時代は都会での暮らしや綺麗なドレスに憧れる割と普通の女の子だったんですね。
そんな女の子がやりたい放題な破天荒人生を送る伯父様の薫陶(?)を受けて思いもかけなかった才能を花開かせていく成長物語です(たぶん)。普通の少女がその武勇伝を含めて伝説の存在になるまでのお話でもあり、ある意味で「マイ・フェア・レディ」な感じでもあるかも。

売られた後継者(言葉が悪いんですが)のように見える立場のキャザリンが色々な経験を積んで逞しくなっていく姿がなんとも頼もしいです。母娘の間に築かれている信頼関係が由来しているのでしょうけれど、この子は芯の部分がとてもまっとうなんですよね。きちんとした愛情を受けて育った子の強さが発揮されているなぁと思います。最終的には伯父様の心も動かすまでになるしね!
従僕の少年マーカスとの共犯関係も微笑ましかったりドキドキしたりと楽しませてもらいましたし、<黒薔薇>とのやりとりも色っぽかったですね~。
『王と最後の魔術師』を読んだ時に、なんだかんだ云ってキャザリンはジェシカに対してちょっと甘いところがあるんじゃないかなーという印象があったのですが、今回の話を読んで黒薔薇とのことがあったからなのか?と邪推してみたりしましたよ(笑)。

様々な出来事を経て大人の階段を駆け上がっていくキャザリンのパートも大変に面白かったのですが、本作の蔭の主役はトレモンテーヌ公爵だったのかもと思います。
トレモンテーヌ公爵夫人の後を継いで公爵になったアレクは、<狂公爵>の仇名の通りに、男女を問わずに愛人はとっかえひっかえしたり(でも好みとしては学の有る無しに関わらず頭の切れる人物が好きだよね)、貴族社会でも毒舌を吐いたり突拍子もない行動を取ったりして敵をたくさん作ったりといっそ清々しいほどの享楽的な人生を謳歌しています。
『剣の輪舞』でなにかってえと不機嫌そうにしていたあの美青年がこんな風な成長(?)を遂げていたのかとしみじみしていましたらば、本質的な部分はあんまり変わっていなくて猛烈に可愛かったりしてもうたまりません(笑)。
その愛されっぷりも含めてつくづく美味しいキャラクターですよねぇ。
リチャードの台詞じゃないですが、本当に「アレク、あなたって人は」って云いたくなるよな。
最後の最後までかなり幸せな人生だったのではないかと推察しますけども、もうアレクならなんでも許す!って気持ちになってしまいますハイ。
あ、リチャードの出番は少ないですが、美味しい所は鮮やかなまでに総取りなのでリチャードファンの方も御安心下さいませ!


そんなダブル主人公を中心に据えた非常にゴージャスな展開の一筋縄ではいかない恋と友情の陰謀の冒険活劇です。
読んでいてずいぶんお腹いっぱいになりましたが、女公爵キャザリンの細腕奮闘記(?)もちょっと読んでみたいな~と思ってしまいました。
まぁ、色々想像の余地を残してくれているのが著者の優しさなのかな。
トレモンテーヌ年代記とも云える三部作はここで終了。でもまた最初から三部作を読み返したくなってしまいました。今度は時系列順に読んでみようかな~などと楽しみが広がります。

なお、本作を読む前に『剣の輪舞<増補版>』に収録されている「死神という名前ではなかった剣客」は再読しておくとよりいっそう面白さが増すと思います。ここで言及されているアレクの妹がキャザリンの母親です。
アレクの屈折したシスコンっ振りを堪能する意味でも是非!(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.08.16

乱鴉の饗宴 氷と炎の歌4 (ジョージ・R・R・マーティン)

乱鴉の饗宴 上 氷と炎の歌 4 乱鴉の饗宴 下 氷と炎の歌 4

『乱鴉の饗宴』上
ジョージ・R・R・マーティン 著 酒井昭伸 訳 早川書房 刊


権力に群がる人々が陰謀を掲げて互いを陥れたり陥れられたりしております第4巻です。
今回はタイウィン公の死とサーセイの専横によるラニスター家の崩壊の過程に割と多くのページが割かれているかな。
タイウィン公の死によって徹底的に傾いたラニスター家を何とか立て直そうとするサーセイの奮闘自体は別に悪いことではないのですが、唯一の頼みの綱であるジェイム(ジェイミー)を遠ざけるあたりでもう破滅への道をまっしぐらって感じですよサーセイ……。権謀術数が得意ではないのに(でも自分ではそっち方面が得意だと思ってるみたいですけども)色々と陰謀を巡らせている彼女に対して、「いやもう貴女絶対策士向きじゃないから! その方面が得意な人に任せてどーんと構えていた方がいいよ!」とツッコミ(←?)を入れずにはおられません。でも、今のラニスター家にはそれだけの人材がいないってのもあるし、自分で傾いた家をどうにかしようと考えること自体はたいへん評価できることなんですけどねぇ……。自らの能力を見極めるのも上に立つ者として必要な要素なのだなぁとしみじみ致しました。
ブリエンヌ(ブライエニー)との旅で肉体的にも精神的にも大きな変化を経たジェイム(ジェイミー)は、サーセイとの関係に齟齬をきたし、王都を離れることになります。
出奔して行方知れずのティリオンといい、ものの見事にラニスター家はバラバラになってます。
こうなってみると、家長であったタイウィン公の存在がいかに大きかったのか(彼の行ったことの是非はともかくとして)を読者としても痛感せざるを得ない訳で、またしても安定を欠くことになったウェスタロスの将来が激しく危ぶまれます。
マージェリーを中心としたティレル(タイレル)家も盛大な危機を迎えているようなので、キングズランディングはまだまだ荒れ模様が続くようですね。
そのほか、鉄諸島の後継者争いやドーンでの不穏な動きなども描かれていますが、スタンニス(スタニス)王と壁の関係や、デーナリス(デナーリス)に関しては名前がちらほら出てはいても殆ど具体的な言及がなく、彼らのことは次巻へ持ち越しです。ああ気になるなぁ!
あと、今回読んでて一番つらかったのはブリエンヌ(ブライエニー)のパートでした。
サンサ探索の旅の途中(と云うか強制終了)で彼女はとんでもない目に合うのですが、その展開が精神的にも肉体的にも本当にきついです。
健気に頑張るポドリック少年や口の減らないサー・ハイル(彼はブリエンヌのことを憎からず思っているのかな? そのへんの微妙な雰囲気も良いですねー。でもブリエンヌは過去のこともあって彼のこと眼中にないみたいだけど・笑)との道中は、ジェイムとの旅ほどではなかったもののなかなか楽しかったのに、その終わりはこうぶった切られるのかと。
サーセイに関してはかなり自業自得の部分があるので、彼女がいくら酷い目にあってもあんまり同情の気持ちは湧いてこないのですが(すいません)、ブリエンヌはあの状況ではもう他にどうしようもなかったじゃんよ……。
などと、ギリギリのところで行った選択が後々の苦難の前奏曲みたいになったりしています。
これから先の展開は本当にどうなっちゃうんでしょうねぇ。大きな苦悩を背負うことになってしまった(であろう)ブリエンヌのこれからには悲劇しか待ち構えていないような気がしています。ああ。
アリアのパートも非常に気になるところで終わってますし、ベーリッシュ(ベイリッシュ)公が着々と進める計画に巻き込まれそうなサンサのことも不安ですし、毎度のことながら「続きどうなるの続き!!」ってな心境です。
しかし、5巻はデーナリスやティリオンなど今回出てこなかった人々にスポットが当たるそうなので、4巻の純粋な続きは6巻以降にならないと読めないんですよね~。
毎回毎回同じことを繰り返すばかりで芸がありませんけど、早く続きが読みたいです!


今回最大の話題の焦点になってしまっているのは、内容よりも訳者変更による人名及び用語の変更かと思います。この記事の文中でやたら()を入れている人名も変更があったものですが、翻訳自体の良し悪しはともかく、やはり1巻から3巻までの馴染みのあった用語に親しんでいるのでどうも違和感がぬぐえません。物語にすんなり入り込めなくて読了するまでにえらく時間がかかりました。
その一因は地名の細かい変更にもあります。
3巻と4巻の巻頭地図を見比べてちょろっと調べただけでもこれだけの変更がなされています。城や島の有る無しなどは無視して戴いて結構なんですけれど、字面がだいぶ変わっているので字面のみで地理の曖昧な把握をしていた自分には意外とダメージが大きかったです(溜息)。
あと、訳語の変更で個人的に残念だったのは、「ヴァラール・モルグリス」が「ヴァラー・モルグリス」になっていたことと(「ヴァラール」のくぐもったような響きが好きだったので)、夜警団(ナイツウォッチ)が<冥夜の守人(ナイツ・ウォッチ)>になっていたこと。
特に「夜警団」はシンプルで重厚な字面が無骨さと黒衣のブラザーたちの結束の固さを表現している訳語だと考えていたので、この先で使われないのはひたすら残念です。
凄く好きだったんだけどなぁ、この訳語。


続きはこちら↓

A Dance With Dragons (Song of Ice and Fire)
A Dance With Dragons (Song of Ice and Fire)


チェックするたびに発売日が変わっているんですけど、一体いつ出るのだ(笑)。
来年中には出ると考えてよいのか。



既刊の感想はこちら。


『七王国の玉座』 感想
『王狼たちの戦旗』 感想
『剣嵐の大地』→1巻感想 →2巻感想 →3巻感想


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.08.15

RDG レッドデータガール (荻原規子)

RDG レッドデータガール  はじめてのお使い (カドカワ銀のさじシリーズ)

『RDG レッドデータガール はじめてのお使い』
荻原規子 著 角川書店 刊


紀伊半島の霊山であり世界遺産にも認定された玉倉山。そこにある玉倉神社で育った鈴原泉水子(いずみこ)は、多忙な両親と離れ、神社の宮司である祖父と暮らしていた。
中学三年の春、具体的な進路を考え始めた泉水子は山奥の神社を中心とした自分の暮らしを変えようと考えるが、父の大成は彼女を東京の高校へ進学させるつもりであることを祖父から知らされる。
さらに、父の友人で泉水子の後見人でもある相楽雪政(さがらゆきまさ)は自分の息子深行(みゆき)を彼女に一生付き添わせるつもりでいるらしい。
父親の云うなりになるつもりなどない深行は泉水子に対して辛辣な態度を崩さず、泉水子もまた彼に対して良い感情を持てずにいた。
しかし、自分たちの将来をめぐる状況を変えたいと思ったふたりは不本意ながら協力し合うことになり……。


荻原規子さんの新作は現代ものの和風ファンタジーです。
普通であろうと思っているのに周囲からは変わり者でみそっかすだと思われている女の子が、実は大きな秘密と力を抱える存在で……という思春期系成長物の物語には割とよくあるパターンかも。
そこに修験道と山伏や姫神が関わってくるのですが、物語としてはまだまだ序盤なので謎が多いままです。
泉水子の両親からして謎が多過ぎますし、相楽父の思惑も謎に包まれています。
これからの展開で謎がほどけていくにつれ、面白さが増していくのではないかと期待しておりますが。

互いに対する印象を徐々に変化させていく泉水子と深行の関係も今後の読みどころのひとつになるのかな?
このふたりのやりとりを読んでいてなんとなく「赤毛のアン」を連想してしまいました。
いけすかなくて口が悪い男子とおさげ娘の組み合わせがそう考えさせるのか(笑)。

今回は主要登場人物のお披露目といった印象なので、続きが早く読みたいです。
次からは舞台が東京になるのかな。
泉水子の新しい生活は一体どのようなものになるのでしょうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«ももいろの童話集 (アンドルー・ラング 編)