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2005.04.11

影のオンブリア(パトリシア・A・マキリップ)

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『影のオンブリア』
パトリシア・A・マキリップ 著、井辻朱美 訳、ハヤカワFT文庫 刊

 オンブリアの裏側に都がそびえている。宮殿を見おろす壮麗な影の都が。影の船団が水上を行く。小さな影の人々が、絵の中の通りを歩いてゆく。未来のオンブリアの支配者はうっすら唇を開いて、わが領土をながめわたした。
「影の都のことを話して。ぼくはそっちも治めるのかな」
 鵞鳥の声はうっとりと、夢見るように物語を紡いだ。「オンブリアの影の都はオンブリアと同じだけ古いのです。ほんとうはつい先ごろまで、オンブリアのそばにあったまったく別の都だとも言われています。そのうちに通りや門や古い家々が、時とともに溶けて、もうひとつの都にまじりあっていったのだと。いいえ、そうではなくても、どちらの都も同じ時代、同じ時期にあって、日々その両方を歩けるのだという話もありますのよ。通りを下っていくと、光を通り、影を通り、また光を通り……ですから、若君、あなたが影の都を治めるのかどうか、誰にわかりましょう。治めていて、治めていない。同じことなのです。影の都を治めていても、それには気づかないのですから」

(上掲書 P11~12より引用)


美しく、豊かで、古い歴史を持つ都、オンブリア。
領国を治めていた大公ロイス・グリーヴの死と同時に宮殿を追われた妾妃リディアは、オンブリアの実権を握る<黒真珠>ドミナ・パールの元に残された幼い世継ぎの君カイエルを案じていた。
そして陰謀と裏切りに満ちた宮殿の中では、オンブリアの実力者の座をめぐって貴族たちが暗躍し、亡大公の甥デュコンも心ならずもその渦中の人となるのだが……。


ひさびさのマキリップの邦訳です。

どんな困難が伴おうとも自分の決めた事を貫く芯が強く美しいヒロイン、普段は知的で物静かなのにその内側には強い思いを持っている男性、いとけないのに聡くて健気な子供、とマキリップの作品ではおなじみの人物像がこの作品でも活躍していて読んでいてとても嬉しく思いました。

オンブリアの実権を決して手放そうとしないドミナ・パールを中心とし、幼くして大公と云う重責を担わされたカイエル、彼を心から愛しく思っているリディア、反ドミナの旗印として貴族たちに目されているデュコン、地下世界に住む女魔法使いフェイと彼女に仕える人形娘マグ。様々な謎や秘密を持った人々がそれぞれの思惑の元で動く陰謀劇としての面白さは勿論ですが、この物語の舞台であるオンブリアがなんと云っても素晴らしいのです。
過去が堆積しているような都。小路から小路、扉から扉を抜けて辿り着く地下世界。秘密の通路や隠し部屋のある迷宮のような宮殿。境界があるようでゆるやかに交わっている光と影。交錯する現実世界と別世界。夢の残像をなぞっているような、時間と空間すら曖昧になるそんな場所。
この物語の真の主役はオンブリアという都そのものだったのではないかと思うほど、印象的で魅力に満ちた場所だと思います。

静かな語り口で秘められた美しさを鮮やかに解きほぐして行く手法にはただただ驚嘆してしまいました。繊細な感触でファンタジーの醍醐味を味える逸品です。過去と現在とが分かち難く絡み合い、複雑で不可思議な模様で織り成されたタペストリのような物語をどうぞ楽しんでみて下さい。

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