沼地のある森を抜けて (梨木香歩)
『沼地のある森を抜けて』
梨木香歩 著、新潮社 刊
──ちょうどよかった。教えてください。これはみんな、夢なのだろうか。本当のことなのだろうか。
──夢だから何? 本当のことだから、何?
──不安で不安で、しようがないのです。全て、触れれば消えてしまう幻のような気がして。今までのこと全て、僕が今まで考えたこと全て。確かなものが欲しいのです。確かな、確かな、絶対に消え失せない真実のようなもの。この足でしっかりと踏みしめられる揺るがない大地のようなもの。
──ああ。
と、アザラシの娘は深いため息をついた。
──揺るがない大地というものすら、私は知らない。あなたの言葉は、より結合力の高い物体を意味しているのでしょうか。それならば、私たちの膜質の流動性は低温で下がります。そのときは、もしかしたら、あなたの望んでいるものに近くなれるかもしれない。そう、今なら。
アザラシの娘は僕のすぐ前まで来て、
──手を取ってごらん。
そのとき、僕は、このアザラシの娘の声を思い出した。言葉の残骸が雪崩のように僕に押し寄せてくる中で、ただ一つ、僕の名前を叫んだ、その声だ。
──あなたは、あのとき、僕の名前を呼んだ。
アザラシの娘は頷いて、もう一度、
──手を取ってごらん。
といった。手を取ると、それは僕が初めて握る確実なもの、そのものに思えた。この存在を可能な限り近くに、近くに引き寄せる、それ以外に確実さに至る何の手立ても見つからないように思えた。それで僕は思わずそうしたのだ。(略)
(同書P391~392より引用)
読む前はホラーめいているのだろうかとも思っていましたが、実は梨木さんの作品の中で一番ロマンティックかつ色っぽい話なのではないでしょうか。わかりやすい形ではないにしても(かなり実際的と云うか分析的な感じですし)、こういう風な作品もお書きになられるのだとちょっとびっくりしてしまいましたよ。
叔母の突然の死によって、先祖伝来のぬか床を受け継ぐ羽目になってしまった「わたし」は、ぬか床の世話をするうちに奇妙な出来事に遭遇し、やがて自分のルーツとそれに連なる先祖の謎を探り出そうとする……と云うのがあらすじのごくごくおおまかな所だと自分では捉えているのですけれど、大きな流れとしては生命の根源や、連綿と続く命の繋がりとそれらが向かう先の可能性を示唆した作品なのかなと思います。
「私」が紆余曲折を経て辿り着いた場所で迎えた特別でありながら普遍的な出来事、「僕」が仲間の元から旅立った先での出会いとそれによる大きな変容。
もしも生命の進化のきっかけがこうであったならば、世界はまだ愛されてしかるべき場所なのかもしれないと考えてしまうのは、読み手たる自分にも「花粉」の影響があったのかどうか。
『からくりからくさ』のように、女性たちが抱いてきた複雑な感情と家族や係累に対する愛憎をないまぜにした気持ちを中心に据えて語られるのかなと思っていたのですが、ジェンダーの問題を孕みつつもそれを飛び越えて大きな本質を提示してくれた物語でした。ごくごく家庭的なぬか床と云う品物からここまで壮大な物語が生まれ得るのは凄いです。
『ぐるりのこと』で梨木さんが述べておられた危機感に対する答えがこの物語で語られているので、あわせて読むとより一層興味深いかと。
次の世代を受け継ぐ小さな人たち全てに輝かしい未来が訪れますように、と祈りたくなるような読後感でした。



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