かなしき女王 (フィオナ・マクラウド)
『かなしき女王』
フィオナ・マクラウド 著、松村みね子 訳、ちくま文庫 刊
「この少女はダフウト──不思議──と名づけて下さい、ほんとうにこの子の美は不思議となるでしょう。この子は水泡のように白い小さな人間の子ですが、その血の中に海の血がながれています、この子の眼は地に落ちた二つの星です。この子の声は海の不思議な声となり、この子の眼は海のなかの不思議な光となりましょう。この子はやがては私のための小さい篝火ともなりましょう、この子が愛を持って殺す無数の人たちの為には死の星ともなり、あなたとあなたの家あなたの民あなたの国のための災禍ともなりましょう、この子を、不思議、ダフウトと名づけて下さい、海魔のうつくしい声のダフウト、目しいた愛のダフウト、笑いのダフウト、死のダフウトと」
(同書 P49 「髪あかきダフウト」より引用)
暗くて重苦しくてやりきれない(救いもあまりない)と云った感じの短篇ばかりが収められた本ですが、寒々しく残酷で物哀しいが故に稀有な美しさを持ち得た物語集であるとも云えます。
フィオナ・マクラウドは優れた幻視者であると同時に、ケルトの暗さと狂熱をひとつひとつの短篇へくまなく注ぎ込んだ作家でもあります。神話や伝説の中の人々をこれほどまでに鮮やかに記した作家は他にいないのではないでしょうか。
スカイの島の女王スカァア、英雄として名高いクウフリン、恋と云う狂気に殉じて滅びを選ぶ恋人たちのコルマックと美しきエイリイ、アルヴォルの王グラッドロンとその妃マルグヴェン、長じて父の造ったイスの都を滅ぼすことになる王女ダフウト。名前を挙げていくだけでも遙かな神話の世界に心が飛んでいくような気持ちになれます。
そして、マクラウドの文章によりいっそうの高貴さを持たせたのが松村みね子の翻訳です。物語の中のあえかな空気さえおろそかにしないような素晴らしい訳は、翻訳としても比類が無いことは云うまでもありませんが、音楽的な響きを持つ古い日本語の持つ典雅さと目にも美しい文章を味わう悦びもを味わえます。
欲を云えば旧仮名遣いのままで文庫化して欲しかったのですが、新しい読者の手に渡る際に相応しい形になったのであれば喜ぶべきことなのかもしれません。何にしてもこの作品が手に取りやすい文庫になったのは素晴らしい事だと思います。
文庫化にあたって、戯曲「ウスナの家」が収録されたので、旧版をお持ちの方も是非お手に取ってみて戴きたいです。ディアドラ伝説を背景にした作品で「琴」との関連が深い為、両方合わせて読むとさらに深遠な世界へ導かれる事と思います。
求めた女を喪ってしまったコノール王とクレーヴシン(クレヴィン)の哀しみと、多くの人たちを滅びに巻き込むふたつの恋の重ね合わせが胸に深く焼き付きました。



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