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2005.11.26

かなしき女王 (フィオナ・マクラウド)

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『かなしき女王』
フィオナ・マクラウド 著、松村みね子 訳、ちくま文庫 刊


「この少女はダフウト──不思議──と名づけて下さい、ほんとうにこの子の美は不思議となるでしょう。この子は水泡のように白い小さな人間の子ですが、その血の中に海の血がながれています、この子の眼は地に落ちた二つの星です。この子の声は海の不思議な声となり、この子の眼は海のなかの不思議な光となりましょう。この子はやがては私のための小さい篝火ともなりましょう、この子が愛を持って殺す無数の人たちの為には死の星ともなり、あなたとあなたの家あなたの民あなたの国のための災禍ともなりましょう、この子を、不思議、ダフウトと名づけて下さい、海魔のうつくしい声のダフウト、目しいた愛のダフウト、笑いのダフウト、死のダフウトと」

(同書 P49 「髪あかきダフウト」より引用)


暗くて重苦しくてやりきれない(救いもあまりない)と云った感じの短篇ばかりが収められた本ですが、寒々しく残酷で物哀しいが故に稀有な美しさを持ち得た物語集であるとも云えます。
フィオナ・マクラウドは優れた幻視者であると同時に、ケルトの暗さと狂熱をひとつひとつの短篇へくまなく注ぎ込んだ作家でもあります。神話や伝説の中の人々をこれほどまでに鮮やかに記した作家は他にいないのではないでしょうか。
スカイの島の女王スカァア、英雄として名高いクウフリン、恋と云う狂気に殉じて滅びを選ぶ恋人たちのコルマックと美しきエイリイ、アルヴォルの王グラッドロンとその妃マルグヴェン、長じて父の造ったイスの都を滅ぼすことになる王女ダフウト。名前を挙げていくだけでも遙かな神話の世界に心が飛んでいくような気持ちになれます。
そして、マクラウドの文章によりいっそうの高貴さを持たせたのが松村みね子の翻訳です。物語の中のあえかな空気さえおろそかにしないような素晴らしい訳は、翻訳としても比類が無いことは云うまでもありませんが、音楽的な響きを持つ古い日本語の持つ典雅さと目にも美しい文章を味わう悦びもを味わえます。
欲を云えば旧仮名遣いのままで文庫化して欲しかったのですが、新しい読者の手に渡る際に相応しい形になったのであれば喜ぶべきことなのかもしれません。何にしてもこの作品が手に取りやすい文庫になったのは素晴らしい事だと思います。

文庫化にあたって、戯曲「ウスナの家」が収録されたので、旧版をお持ちの方も是非お手に取ってみて戴きたいです。ディアドラ伝説を背景にした作品で「琴」との関連が深い為、両方合わせて読むとさらに深遠な世界へ導かれる事と思います。
求めた女を喪ってしまったコノール王とクレーヴシン(クレヴィン)の哀しみと、多くの人たちを滅びに巻き込むふたつの恋の重ね合わせが胸に深く焼き付きました。

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2005.11.23

さよなら、星のむこうへ (シルヴィア・ウォー)

さよなら、星のむこうへ (ランダムハウス講談社文庫)


『さよなら、星のむこうへ』
シルヴィア・ウォー 著、金子ゆき子 訳、ランダムハウス講談社文庫 刊


「紅茶と親切は無料だよ」とジョージが言った。「善良な市民はそうしたもんに代価を求めんのだ」 
 パトリックは老人にほほえみ、心からの礼を言った。
 奇妙な客の後ろでドアががちゃんと鳴ると、ジョージはエドナに向きなおり、しかつめらしく聖書の一節を口にした。
「人を裁くな。自分が裁かれぬためだ」

(同書P173より引用)


クリスマスも間近に迫った英国の片田舎の町、ベルソープ。
11歳の少年トーマスは父親のパトリックから突然引越しを告げられる。地球での任務を終えた為、故郷オーミンガットへ帰ると云うのだ。仲良くなった隣のダルリンプル夫人や親友のミッキーとも別れなくてはならないし、楽しみにしていた学校のクリスマスの劇にも出られなくなる。しかし、トーマスが何よりつらいのは大好きな人たちに嘘をついて別れなければならないことだった。
旅立ちをめぐって父子は互いに複雑な感情を抱き合うのだが、出発直前に起こった事故でパトリックは行方不明に、トーマスはひとり病院へ運び込まれる事になってしまう。
宇宙船での出発は12月26日。タイムリミットは刻一刻と近づいて来る。
父子は母星に帰れるのか、それとも地球に取り残されるのか……。

メニム一家シリーズのシルヴィア・ウォーの久々の邦訳作品。「オーミンガット」三部作の一作目にあたるのだとか。
今度の中心人物は何と異星人の親子だと云うので話に入り込めるかどうかちょっと不安に感じる部分もありましたけれど、その心配は杞憂でした。別れの切なさを丁寧に描いた心温まる物語です。
メニム一家の時もそうでしたが、人間ではない主要人物でもその内面をきっちりと書き込む事によって、読み手側に感情移入させるだけの説得力を与える事ができるんですね。突拍子も無いように思える設定だからこそ土台の部分がしっかりしていないとそこが生きてきませんし、土台をしっかりさせるにはやはり相応の実力が要求される訳です。
ダーウェント父子の愛情や、彼らと隣人ステラ(行動力も、警察や医師を相手に一歩も引かない負けん気もあって恰好良い!)との温かな交流、親友ミッキーの友情(これがまた泣かせます)、大切に思う人たちにすら本当の事を打ち明けられないトーマスの苛立ちを始めとする大人と子供の考え方の温度差のようなもの、事故後のパトリック(ヴァティーリンと呼ぶべきか)の奮闘振りにはハラハラしたりと、どれも過不足無く語られているだけに満足感のある作品となっていました。


続篇も刊行予定(2作目は来年1月、3作目は4月)だそうで、オーミンガットの謎やそこに住む人々の事についてもっと深く知ることができそうなので楽しみです。

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2005.11.20

イギリス恐怖小説傑作選 (南條竹則 編訳)

イギリス恐怖小説傑作選 (ちくま文庫)


『イギリス恐怖小説傑作選』
南條竹則 編訳、ちくま文庫 刊


幻想的な怪異譚や正統派の怪奇作品が端正な翻訳で読めるアンソロジー集。
珍しいところではラファエル前派の画家にして詩人のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの散文や、詩人バイロンの書いた断章が収録されています。
ロセッティの「林檎の谷」はキーツの「つれなき美女」を連想させるような作品。
作中に出てくる金髪の魔性の女はまさにファム・ファタルそのもので、読みながら彼の描いた「魔性のヴィーナス(Venus Verticordia)」などを思い浮かべておりました。
バイロンの作品の方は、謎めいた友人ダーヴェルと共に東方へ出かけた語り手の「私」が旅先で彼の死を看取る事になり、ダーヴェルが(おそらくは人ならざる者として)死から甦るような雰囲気を漂わせつつ終っています。
個人的にバイロンと云えば吸血鬼のイメージと分かち難く結ばれているので、このダーヴェルもやはり吸血鬼として再生するのだろうかと想像(妄想)してしまいました。

収録作で好きだったのは怪奇よりも幻想味の強い作品の方で、友人を亡くして失意の底にあった男が気分転換の為に出掛けた知人の家で子供の幽霊に出会う話の「小さな幽霊」(ヒュー・ウォルポール)は、前半の孤独の耐え難さに比して後半の温かな慰めがほのほのと優しい読後感をもたらしてくれました。
音楽をめぐる怪談とも云うべき「人殺しのヴァイオリン」(エミール・エルクマン / アレクサンドル・シャトリアン)は物騒なタイトルと裏腹な美しさを持った作品。思わず霊が奏でる天上の調べに酔いたくなってしまいます。
怪奇物で一番怖かったのは、H・R・ウェイクフィールドの「目隠し遊び」。
構成に全く無駄のない引き締まった短篇で、怪談につきものの過去の因縁話すら削ぎ落とされています。
最後に出てくるラント氏の台詞の繰り返しがこれまた絶妙。これを読むと暗い所で眠れなくなりそうですよ……。

後書きでは怪談愛好家としての訳者の生い立ちが語られていて、飄々とした味わいを持つ随筆を読むように楽しみました。なんとなく薄気味悪い感じ(※褒め言葉)が内田百閒の短篇の雰囲気に似ているような気がして非常に魅力的でした。

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2005.11.19

ペンギンの憂鬱 (アンドレイ・クルコフ)

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)


『ペンギンの憂鬱』
アンドレイ・クルコフ 著、沼野恭子 訳、新潮社 刊


ウクライナの首都キエフで暮らす売れない小説家のヴィクトルは、経営難の動物園から引き取ってきた皇帝ペンギンと暮らしている。
作品を持ち込んだ新聞社から死亡記事を書くように依頼された彼は生活の為にその仕事を引き受けるが、やがてまだ生きている大物たちの追悼記事を書く様になり、書かれた人物は次々に死亡する。
そして彼の周りにも不穏な空気が漂い始め……。


売れない小説家と憂鬱症のペンギンという奇妙な組み合わせに心惹かれて手に取りました。わかりやすい面白さではないのですが、何とも云えない魅力がある作品。
その魅力の大部分を担っているのが皇帝ペンギンのミーシャでしょう。可愛いけれど普通のペットと違って掴み所がなくて喜怒哀楽もはっきりしない。一人暮らしの寂しさを和らげてくれるのかと思えば、

ヴィクトルは孤独だったけれど、ペンギンのミーシャがそこへさらに孤独を持ち込んだので、今では孤独がふたつ補いあって、友情というより互いを頼りあう感じになっている。(P4より引用)

と云った具合で、べったりした愛情関係ではなく(それはそれで良い面もありますが)、どこか淡白な所がペンギンらしいような気がして好ましかったです。寂しさを共有できる存在というのもなかなか得難いものではないでしょうか。

話としては様々因果関係や謎が明かされたようでいてどうも腑に落ちない点が多々あるような、裏表紙の紹介文にもあるように不条理な世界を描いた作品だと思います。中でもミーシャを連れたヴィクトルが葬式に出掛けるシーンはシュールな中にも可笑しさがあって秀逸でした。
ヴィクトルとミーシャ、マフィアの娘ソーニャ、ベビーシッターのニーナとの擬似家族のような奇妙な共同生活や、警察官のセルゲイとの友情には一抹の温かさが感じられてほっとする面もありますが、全体的な色調としては暗さが勝っているような気がします。

訳者あとがきによると、続篇『カタツムリの法則』があるそうなので、是非翻訳して欲しいです。あの後ミーシャがどうなったのか切実に知りたい……。

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2005.11.17

それゆけ、ジーヴス (P・G・ウッドハウス)

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『それゆけ、ジーヴス』
森村たまき 訳、国書刊行会 刊


「もう嫌だ、ジーヴス!」僕は言った。「もう二度とこんなのは嫌だ!」
「さりながら、ご主人様──」
「もう絶対に嫌だ!」
「さりながら、ご主人様──」
「さりながら、ご主人様ってのはどういう意味だ? 何が言いたいんだ?」
「さりながら、ご主人様、リトル様は不撓不屈の精神をお持ちの若紳士であらせられます。そしてまた、かような申しようをお許し願えますならば、あなた様はと申しますと屈服なさりやすく、恩義を施して差し上げる方のご性格でいらっしゃいますゆえ──」
「君はまさかビンゴの奴が永久不変の鉄面皮でもって、またもや僕をなにかしらのいまいましい計画に巻き込むつもりだろうって思ってるんじゃあるまいな?」
「さような蓋然性はきわめて高いと申し上げねばなりません、ご主人様」

(同書 P312「ビンゴ救援部隊」より引用)


国書刊行会版三冊目。
そろそろ飽きが来る頃かしらと思いきや、買ってすぐに読み始めてあっと云う間に読了。どうやら中毒になりつつあるようです(笑)。

リトル夫妻の仲睦まじさに影を落とすロージーの原稿の秘密、名シェフアナトールがトラヴァース家に雇われた経緯、ダリア叔母さんの雑誌の危機、そして(またしても)絶体絶命のバーティ。
第9章 「ビンゴ救援部隊」でその謎の全てが明らかに!(※やや誇張あり)
引用部分はバーティ君がベイビーだんな様((C) リトル夫人)ことビンゴの押し付ける無理難題(今回は不法侵入プラス窃盗)に激しく立腹、とうとう絶縁宣言か?な場面です。
ビンゴ本人に向かって云いなさいよバーティ……とツッコミつつ、ジーヴスの分析の容赦無さに拍手。
ドタバタさにかけては今回の収録作ではこれと7章の「刑の代替はこれを認めない」が双璧を成していると思います(笑)。グロソップ一族が出てくると話がややこしくなって大変面白いのですが、バーティが不当な扱いを受けるのでちょっと可哀相~。
そして今回のメインはニューヨークの愉快なおバカたちでしょうか。どこまで類は友を呼ぶのでしょう。やはり朱に交わればアホになるのでしょうか。英国を出て海を渡ってもバーティの周りでは豪華絢爛たるアホ絵巻が繰り広げられ、その展開には爽やかさすら感じてしまう程です。大西洋の向こうにもおバカの王国があったのだなぁ(しみじみと)。
アメリカ篇では「伯母さんとものぐさ詩人」が好き。

さて毎回毎回ここの感想文でバーティをバカだのアホだの云って参りましたが、この本を読んで彼への認識を改めました。いやもうバカが付くほどお人好しだなバーティ……。
あと、ある種のタイプ(アホを指導鞭撻する事に情熱を燃やすタイプ。逆マイフェアレディって感じ?)の女性には非常にもてるんですねバーティってば。意外と云ったら失礼だろうか(笑)。やっぱし顔が良いのかな~。
でもあれだ、紫の靴下やチェックのスーツはまだ許せても口髭だけは許せません! 絶対似合わないからやめとけやめとけ!(笑)

ジーヴスが御主人様を大切にしているさまは、まさに掌中のバカ 珠と云った感じです。
バーティよ、いついつまでもジーヴスに慈しまれて幸せに過ごしてくれたまい……(合掌)。

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2005.11.10

半身 (サラ・ウォーターズ)

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『半身』
サラ・ウォーターズ 著、中村有希 訳、創元推理文庫 刊


1874年、9月。
ロンドンのミルバンク監獄を慰問で訪れたマーガレット・プライアは、19歳の女囚シライナ・ドーズの姿を垣間見る。目を閉じて祈る彼女の指の間には一輪の菫の花があった。
他の囚人たちとは全く違う儚げな雰囲気を持ち、不可思議なまでの静謐さに取り巻かれたシライナは霊媒だったと云う。
マーガレットはシライナに対する興味からミルバンクへ足繁く通うようになり、次第に彼女との交流を深めて行くのだが……。

暗く陰鬱な独房の中で神秘的な少女が持つ菫の花。
灰色に覆われた刑務所内でそこだけ鮮やかな色彩が現れ、マーガレットと共にシライナを垣間見ているこちらもはっとされられます。
まずはこの印象的な導入部から引き込まれてしまい、シライナとマーガレットの過去と罪とがふたりの手記を通じて読み手をじらすようにして少しずつ語られるのですが、緻密な前半はいくらかゆっくりと、物語の進行の加速度が増していく後半部は殆ど一気に読んでしまいました。
葛藤と抑圧の大きいマーガレット(ちょっと『ねじの回転』の主人公に似ているような気がします)が、次第にシライナにのめり込んで彼女の能力と魅力へ絡め取られていく様子には有無を云わさぬ語りの迫力がありました。
最後にあっと云わせる結末にも驚かされましたけれど、この物語を包んでいる鬱屈した雰囲気が魅力的だったと思います。
父親の死と自分の罪と耐え難い程の孤独を味わっているマーガレットは自らを追い込み閉じ込めて行くのですが、監獄と云う物理的な牢獄よりも、彼女が作り上げた精神的な牢獄の方が鬼気迫るものがあった様な気がしました。
そこからの脱出を望むマーガレットは果たして解放されるのか。
その答えは本書を読んで戴ければわかりますが、真の「解放」とは一体何だろうかと読後考えずにはいられませんでした。やはり心の在り方に関わってくる所が大きいのではなかろうかとかつらつらと思ってみたり。


『荊の城』でもそうでしたが、著者は作品の象徴として手のモティーフの使い方が抜群に巧いですね。特に、独房のシライナの手と交霊実験で霊が残した蝋の手形は生者と死者、美しさと不気味さとのイメージが対比させられていて印象的でした。

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2005.11.09

魔物を狩る少年 (クリス・ウッディング)

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『魔物を狩る少年』
クリス・ウッディング 著、渡辺庸子 訳、創元推理文庫 刊


プロイセン軍からの大攻撃、殲滅戦(フェアニヒトゥング)で多大な被害を受けたその傷跡を未だ修復できずにあるロンドンでは魔の眷属が跳梁し、彼らを狩る者たちはウィッチハンターと呼ばれた。
父親譲りの才能を持つウィッチハンターの少年サニエル・フォックスは魔物を追う途中、名前の他の記憶を失った少女アライザベルと出会う。彼女の背中には秘密結社<フラターナティ>との関わりを示す刺青が施されていた。
同じ頃、ロンドンを騒がせている連続殺人鬼ステッチ・フェイスを追う刑事エズラエル・カーヴァーは、事件を隠れ蓑にして行われているもうひとつの連続殺人“緑の旗の殺人”の調査を進めるうち、意外な事実に突き当たる。
連続殺人と魔物に付け狙われるアライザベルの関係とは?
彼女の存在は結社にとって何を意味するのか?
数々の疑問を抱きながらもアライザベルに惹かれていくサニエルは彼女を救おうとするのだが……。


描写がかなり映像的なので、読んでいて場面場面が鮮やかに思い描けるような気がしました。
廃墟に跋扈する魔物たち、主役をはるのは凄腕ハンターの少年、彼が拾ってきた正体不明の美少女、謎の秘密結社とその黒幕、迷宮都市の如きロンドンの地下部分。絵面に関してはとても惹かれるものが多かったので、映像作品にすると物凄く映えるだろうなと思いつつ読んでおりました。
モンスター退治物としては面白いと思うんですが、謎解き部分に関しては淡白で物足りなかったです。
単に自分が期待していた物と一致していないだけなんでしょうけれど。
カーヴァー刑事サイドはあまり重要視されてないのかな。結構活躍している割には印象が薄いと云うか。その割にラストの視点は彼なのでおやおや?ってな気分になってしまいました。
あと、歴史改変的な部分にそれほど力点が置かれていなかったのも残念。


『ドラキュラ紀元』(→感想)のような重厚さを期待すると肩すかしですが、雰囲気を楽しむ分には良いかと思います。
サニエルが師匠のベネット嬢にいいようにあしわられている場面なんかはかなり好きでした(笑)。

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