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2006.01.28

アルコン サソリの神2 (キャサリン・フィッシャー)

サソリの神〈2〉アルコン―神の化身アレクソスの“歌の泉”への旅

『アルコン─神の化身アレクソスの<歌の泉>への旅 サソリの神2』
キャサリン・フィッシャー 著、井辻朱美 訳、原書房 刊


「だれもいない。人も、ラクダも、隊商も、猛禽も」そう言って、ジャッカルが向こうを向いた。
「世界のはてにいるのは、われわれだけです」
 まさにそんな感じだった。墓盗人の隣りによじのぼったセトは、すりむけた両手をこすりあわせて見おろした。
砂漠は淡い灰色をした不毛な地だった。地平線まで広がり、そのあたりに茫漠と青いのは、海か、空か、あるいはふたつが出会う場所か。大きなヘビが世界をぐるりと取り巻いて、おのれの尻尾を噛んでいるようだった。そう、確かに<獣>の絵が見える。見て、ほうっと驚きのため息をついた。ここから見ても、砂の上に描かれたその形の複雑さは驚くべきものだった。他にも何百という線が砂漠を切り分けており、走り書きの言葉のようにも見える線が何マイルにもわたって広がる。自分たちはどれひとつ読むことができずに、いや、そんなものがあることさえ知らないで、物語に満ちた風景を通りぬけてきたのだ。「神々の書だな」とセトはつぶやいた。
 ジャッカルが、切れ長の目をまぶしげに細めてうなずいた。「その通りだな。そのページの上をわれわれはハエのように這っているわけだ」かれはアレクソスを見あげた。「かれには、あの書が読めているのかな」

(同書 P332~333より引用)


真珠の国から皇帝の甥のジャミル皇子が<月の山脈>での銀の採掘許可を求めに<お告げ所>へやって来た。莫大な富を生む筈のこの取り引きに否やがあろう筈も無いと思われたが、<語り手>ハーミアのもたらした神託は山脈への立ち入りを拒むものだった。
ハーミアの偽りの託宣に不審を抱くミラニィは墓盗人ジャッカルから将軍の真の目的を明かされる。さらにジャッカルは楽師オブレクの身柄と引き換えに<歌の泉>への巡礼行の布告をアルコンに命じ、自分もその共に加わると宣言する。
<歌の泉>の地図を解読する役目で巡礼へ同行することになった書記セトは、父と妹へしばしの別れを告げに行った帰途にアルジェリンの配下に捕らえられ、家族の身の安全と引き換えに将軍からアルコン殺害を命じられるのだが……。


今回はアルコン、オブレク、ジャッカル、セトらの探索組のパートと神殿に残ったミラニィらのパートに別れて物語が進行します。

訳者あとがきでも指摘されていたように、砂漠の探索行は確かに珍しいですね。英米のファンタジー作品での探索は山や森や荒野や海のイメージがあったので、暑さと渇きと体力の消耗がそのまま死へ直結する程の苛酷な旅はあまり馴染みがない分だけ新鮮で旅の一行を見守る純粋な面白さを味わえました。
アレクソスらが砂漠の旅の途中で出会った元遊牧民の長ハーリドが語る「砂漠はすべてをはぎとり、人の魂をはだかにする場所だ」という言葉の通り、苛酷な砂漠の旅は探索者たちの内面をあらわにして彼らの存在をより厚みのあるものとしています。セトやオブレクは勿論、自らを憎み過去に囚われていた不敵な墓盗人のジャッカルですら旅の中で変化を遂げるのですが、この辺りの描写はファンタジーの醍醐味炸裂と云った感じで読んでいて興奮しっ放しでした。
困難さと苛酷さの果てに辿り着いた場所で出会うものとの対峙がこれまた凄まじく、贖罪の旅の終わりに相応しい迫力がありました。
読んでいてイメージの広がり方の雄大さに呆然としてしまったのは上記の引用部分でしたが、ここは神と人との決定的なへだたりを示している箇所でもあったかと思います。
普段は儀式を通じてしか触れることのできない偉大な力が探索という場でこれまた剥きだしになってしまっていることへの畏怖が率直に語られていて非常に印象に残りました。

ミラニィのパートではアルジェリンとハーミアの関係に翳りが見え始め、そこへ<語り手>の地位を狙う野心家の巫女レティアの企てが絡んで<二つの国>を揺るがす事件が起きるのですが、神聖さをイメージさせられる神殿の中で繰り広げられる権力(あるいは力そのもの)への執着が、前の巻ではそれ程強い印象を残さなかった巫女たちの存在を鮮やかにしていました。
特にハーミアの巫女としての矜持を描いた所が素晴らしかった!
将軍の共犯者としての立場から、最高位の巫女<語り手>としてアルジェリンへ訣別の言葉を告げるシーンは気高さを感じましたし、ラスト直前に起こった事件は大いなる悲劇の香りを漂わせており、彼らの関係性にここまでの深みを想像していなかった自分としてはただただ驚くばかりでした。

1巻で提示された様々な象徴が鮮やかな輪郭を浮かび上がらせ、陰影を深めたのがこの2巻目ですが、次の最終巻ではさらなる飛翔感を味わわせてくれるのかと期待しております。
この巻の半ばからはクライマックスが続いているかのようなテンションでしたので、3巻はもっと凄いのかも。
怒涛の展開には果たしてどのような決着がつけられるのでしょうか。

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2006.01.26

オラクル サソリの神1 (キャサリン・フィッシャー)

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『オラクル─巫女ミラニィの冒険 サソリの神1』
キャサリン・フィッシャー 著、井辻朱美 訳、原書房 刊


「あんたがアルコンになったら、光の下であんたの影が後ろにできたら、おいらのことを思い出しておくれ。おいらのおいらの王国のことを。おいらも王国のあるじだ。それは、いっさいがっさいがあんたの王国のうつしであるような王国だ。あんたの裏返しの王国といってもいいかな」
(同書 P354より引用)


未曾有の旱魃に襲われている<二つの国>。
巫女ミラニィは雨乞いの儀式の為に間もなく死を迎える老アルコンから、将軍アルジェリンと最高位の巫女である<語り手>ハーミアが企てている陰謀を明かされる。神の声を聴く筈の<語り手>はその声を聴かず、神はその裏切りに対して怒り、雨を止めたと云う。加えて、アルコン位の後継者には将軍の息のかかった者を据える計画さえ進められているのだ。
老アルコンはミラニィに神をその身に宿す正統な次代のアルコンを探し、正しい選択がなされるようにと云い残す。
思いもよらない大いなる役割を与えられたミラニィだったが、陰謀を知った彼女の身には様々な危機が迫る……。


古代エジプト風の世界を舞台に、神と人との関わりを中心に据えて様々な象徴をふんだんに散りばめた作品……と書くとちょっと敬遠されてしまいそうな気もしますが、手に汗握るエンタテインメント度は高いので読み始めると止まらなくなります。三部作の一巻目なのでややおとなしめな感もありますが、読み手を引っ張っていく力の強い事と云ったら! 続きが気になってどんどん読み進めてしまいました。
登場人物も、野望を持つ将軍と最高位の巫女が結託して企てる陰謀に立ち向かう巫女ミラニィと楽師オブレクに神の化身たる少年アレクソス、切れ者な野心家に見えて意外に実際家(苦労性?)な書記の青年セト、彼らに関わるのは神の影を名乗る人物や何やらいわくのありそうな墓泥棒など、魅力的な人々が揃っています。それぞれの目論見や思惑が複雑に絡み合う為、スリリングな物語の展開をいっそう面白くしているのではないかと。

神の存在が物語の軸となる為、ともすれば手の届かない世界に向かいがちになりそうなのですけれど、心ならずも陰謀の渦中に飛び込んでしまった書記のセトのお蔭で随分と地に足がついた印象になっていました。
彼の的確な現実感覚があるからこそ、オブレクやミラニィやアレクソスの浮世離れした(職業や属性から云えば当然の事とは云え)言動も受け入れ易くなると云いますか。聖と俗のバランスの配分が上手いと思います。

一巻目だからなのかファンタジーとしての深みは思った程ではなかったのですが(写しの王国はもうちょっと堪能したかったな)、続巻ではもっと深遠な世界を見せて貰えると期待しています。
続きを読むのが楽しみ。

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2006.01.21

騎士(シヴァルリ)の息子 (ロビン・ホブ)

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『騎士(シヴァルリ)の息子』上
ロビン・ホブ 著、鍛冶靖子 訳、創元推理文庫 刊

<技>と呼ばれる力を持つ遠視者(ファーシーア)一族が治める六公国。
かの国を統べるシュルード王の後継者である第一王子シヴァルリの私生児として生まれたフィッツは、6歳の時に母親から引き離されて城へ連れてこられるが、父親と対面する事も無くシヴァルリの臣だった厩舎頭ブリッチに預けられて厩舎で育つ。やがて彼は王の手足として生きる為に暗殺者としての教育を受ける事になる……。


王家の暗殺者として育てられた人物が少年時代を記した回顧録の体裁を取っています。
継ぎの王として将来を嘱望されていた高潔なシヴァルリ王子の私生児として生まれた為、自身には何の非もないのに周囲からは好奇と蔑みの視線を投げられ、生みの母親の記憶も殆ど無く、王家の血筋を持つにも関わらず自らの名前すら持たずにフィッツ(庶子)と呼ばれ、厩舎で育てられた為に友と呼べるのは犬だけ。
これだけでも相当痛ましいのに、抱えている複数の秘密のせいで心を開けそうな相手にも自分を預けられない八方塞がりな孤独感にはもう読むのがつらくなってしまいましたよ……(特に上巻)。彼が明確な自分の居場所を得るのは王の暗殺者として生きる選択をしてからなのです。生きる為に選べる道がそれだけと云うのも不憫なんですが、与えられるべき愛情の量が不足しているのがなぁ……。いや、フィッツに関わった人々は彼らなりの形で愛情を示してはいますけれど、様々な事情があるのでフィッツの存在を全肯定してくれるだけのものは注げないのですよね。そこがまた痛ましいと云うか。嗚呼。
そんな不幸の星の下に生まれ付いてしまったようなフィッツの行く末が心配でならずに読み進めるのが止められませんでした。筋立てが面白いのも勿論ですが、「頼む! 頼むからこれ以上フィッツを不幸にしないでやってくれ!!」と祈るような気持ちでページをどんどんめくっておりましたよ。でも読めば読むほど不憫な方へ話が進んで行くんだなこれが……(落涙)。
下巻も相当痛々しい展開になってますけれど、救いになっているのはヴェリティがフィッツに寄せる温かな思いやりでしょうか。特に18章で彼がフィッツに掛けたある言葉には胸を打たれましたよ。ふたりの信頼関係はこのままずっと続いて欲しいと切に願っております。並ぶ者の無い筈のヴェリティの立場にも危うさがあってその点でも不安の種は尽きない訳なのですが。
あと特筆すべきはやはり犬たちの存在ですね。もう犬たちが本当に忠実なんですよー。彼らの健気な活躍振りは涙モノでした。著者は相当な犬好きと見ましたがどうなのかなぁ。

物語には数々の謎が散りばめられて、さながらミステリの様でした。
周囲の反感を買ってまで望んだ妃を手に入れたシヴァルリが何故他の女に私生児を生ませたのか、隠遁した地で彼に何が起こったのか、赤い船団の真の目的は何なのか、<技>や<気>の本質とはどのようなものなのか。
謎めいた道化の忠告の真の意味は? 内憂外患の六公国のこれからはどうなるのか。
解けた謎もあれば次巻以降へ持ち越しとなるであろう謎もあり、疑問と興味は付きません。

この巻でひとまずの決着はつけられてはいるものの、謎と陰謀に彩られた物語はこれからどのような方向へ進んでいくのでしょう。
語り手たるフィッツの現在は次の三部作で明らかにされるのでしょうか。最後に出てきた少年の存在も気になりますし、こちらの翻訳も是非是非お願いしたいです!
ともあれ次の『帝王(リーガル)の陰謀』 上も楽しみでたまりません。

リーガルの次なる策謀は? そしてフィッツはどうなる?


蛇足ながら登場人物メモはこちら
話の進行に関係の無い過去の王の名前なども入れてありますが、興味のある方はどうぞ。

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