リンさんの小さな子 (フィリップ・クローデル)
『リンさんの小さな子』
フィリップ・クローデル 著、高橋啓 訳、みすず書房 刊
リンさんは女の子を見つめる。目を覚ましてはいない。何も気づいていない。女にぶつかった拍子に、頭にかぶっている縁なし帽とフードがずれただけだ。老人は服の乱れを直す。子供の額を撫でてやる。歌を耳もとでうたってやる。たとえ眠っていても、聞いているのがわかる。それはとても古い歌だ。リンさんが自分のおばあさんから聞いた歌で、おばあさんもそのおばあさんから聞いた歌だ。大昔にさかのぼる歌、村に女の子が生まれると女たちが歌ってやる歌、村ができてからずっと受け継がれてきた歌だ。
いつでも朝はある
いつでも朝日は戻ってくる
いつでも明日はある
いつかはおまえも母になる
リンさんの、薄くてひび割れた老いた唇から歌詞がこぼれる。その歌詞は、彼の乾いた唇と魂を癒す軟膏だ。歌の言葉は、時間や場所や年齢をものともしない。そのおかげで、やすやすと生まれた場所へ戻っていくことができる。あの陽を通す竹の小屋へと、煮炊きする火の匂いがたちこめ、雨が降れば、葉で葺いた屋根の上を透明な毛並みのように水が流れる、あの小屋へと戻っていくことができるのだ。
(同書 P30~31より引用)
戦禍で家族を喪い難民として故郷の村から逃れてきた老人が、異国で立場も年齢も使う言葉ですら違う男と奇妙な友情を結ぶ物語です。
本文が160ページほどなので、長篇と云うよりも中篇程度の長さなのですが、簡潔な言葉で紡がれる無駄のない文章の美しさが胸に沁み入ってくるように感じました。
家族と故郷を失くしたリンさんと妻を亡くしたバルクさん。孤独の哀しみを痛切に知るふたりは言葉の壁を超えて本質的な部分で理解し合い、優しい友情を結び合うことになります。
言葉が通じないにも関わらず互いの気持ちを汲み取ることができるのは、その人を知りたい、理解したいと云う切実な気持ちで相手の話を聞くからなのだなと思わされた場面はいくつかあるのですが、中でも印象的だったのはこのシーンでした。
その声が低くくぐもる。沈黙が続く。それからまた語りだすが、口調はゆっくりしている。ときどき話が途切れる。自分の中の遠い言葉を探しにでかけたまま、なかなか見つからないとでも言うように。
険しい山道を歩いているんだな、とリンさんは思う。そして太った男の声に耳を澄ます。その声はまったく理解できないことを語っているのに、とても親しげに響く。友の声は深く、しわがれている。石や巨大な岩をこすっているような声だ。ちょうど急流が山を駆け下り、やがて川となり、音を響かせ、笑い、ときにはうめき、声高に語りだすように。それは、命のやさしい触れ合いから手荒い仕打ちまで、そのすべてを受け入れる音楽だ。
(P87より引用)
打算も嘘も入り込む余地の無い純粋な好意を抱き合うふたりにはやがて非情な別れが訪れます。
友にもう一度会いたいと願うリンさんは思い切った行動に出るのですが、この先は実際に読んで確かめて戴きたいと思います。
豊かな沈黙と静けさとそして激しさも内包した物語。平易で美しく音楽的な言葉をどうぞ堪能してみて下さい。



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