最後の戦い (ひかわ玲子)
『最後の戦い─アーサー王宮廷物語 3』
ひかわ玲子 著、筑摩書房 刊
「だがな、フリン……わたしは、そのようなことは望まなかったのだ。確かにあの時、わが城に現れた聖杯の奇蹟は目を瞠るようなものだった。わたしはその奇蹟を目の当たりにし、驚き、畏れた。だが、あの聖杯を欲しいとは思わなかったのだ。ここは、聖杯の城ではない──わが城、キング・アーサーが治める城なのだ。わたしにとって大切なのは、わたしの力で民を、国を、領土を治めることであって、聖杯がどれほどに素晴らしい力を持っていたとしても、その奇蹟に恃んで国を治めることではない。もし、聖杯こそがこの国のすべてを治められるというのなら、治める者は誰でもいいではないか? はたしてわたしの力など必要だろうか?
わたしに必要なのは聖杯ではない。円卓騎士団こそが、わたしのすべてであり、わたしが愛するものだ。わたしはこのログレスの七王国を、わたしの民を、わたしの忠実な騎士を愛していて、そして、わたしのこの手で彼らを守りたいのだ。聖杯の力を借りなければ、わたしは自分の王国を守れないのか? 違うはずだ、そう思いたい──」
王の言葉に、フリンははっとして、息を呑んだ。
アーサー王がおっしゃられることはもっともだ、と思った。確かに、聖杯の力は素晴らしく、もしかしたら、聖杯の力がすべての問題を解決し、奇蹟によって国を潤し、すべての危難から国を守るのかもしれない。けれど、その時、王と騎士は何をするのだろう? この国を守るはずの王と騎士は。
そうした王のお気持ちを、聖杯を探し求める騎士たちは知っているだろうか? マーリンさまは?
フリンは唇を噛みしめた。
(同書P 19~20より引用)
カーライル城での王妃とランスロットの密会とその後に起こった惨劇によってキャメロットの勢力は二つに割れた。
処刑されようとする王妃を救い出し、難攻不落の城として名高い<喜びの砦(ジョイアス・ガード)>へ入ったランスロット軍をアーサー軍は包囲するが、不毛な争いに両軍は次第に疲弊していく。
膠着した戦況を打開する為、アーサーとランスロットは<湖の貴婦人>とマーリンの助言を受け入れるのだが、一族を殺されたガウェインのランスロットへの恨みは深く、復讐の念に憑かれたガウェインの耳には王の言葉も届かない。
執拗とも云える強硬さのガウェインの主張に押し切れられるようにしてベニックへの遠征を決めたアーサー軍が再度の膠着状態に陥いる中、王の名代としてキャメロットに残ったモードレットがログレス王としての即位を宣言し、円卓の間を打ち壊す暴挙に出たとの報が告げられる……。
最終巻。
王妃の不義により円卓騎士団は離散、宮廷には不穏な空気が漂い始め、永遠の繁栄を約束されていたかのようなアーサー王の治めるログレスは崩壊への道を辿ることとなります。
滅びの運命に巻き込まれる人々の姿とそれぞれの思いが交錯し、抗えない運命の大きな渦の中に読み手をも巻き込んでしまう迫力は流石。最後の方はちょっと慌しいようにも感じましたが、話の勢いをそがない為には仕方なかったのかも。
前2冊はメイウェルをはじめとした女性側の描写が多かったのですが、最終巻であるこの巻では男性側の描写が多くなっています。主な視点もフリンのものからになり、王に最も近い彼の目から見た王国の終焉と偉大な人物が去った後の寂寥感は読み手の立場と一番近いせいか、自分もその場に立ち会っているかのような気持ちが味わえました。
今回一番印象深かったのはアーサー王の矜持と騎士たちへの思いを伝える引用部分でした。偉大な人物であればあるほどその内面は伺いにくくなるものですが、長年仕えている小姓のフリンへの語りかけという形が自然で良かったと思います。
そして、先行するどの作品よりも好青年だったモードレットが反逆者となってしまう過程は説得力があった分だけやりきれないものを感じて、これまた非常に印象に残りました。
女性たちは前2巻に較べると少し影が薄くなったように感じましたが、モルゴース王妃とモーゲン王妃の対話のくだりは素晴らしかったです。
巻末の解説はアーサー王研究で著名な高宮利行先生でして、伝説の起源から発展などの流れも簡潔にわかりやすくまとめられているのも高ポイント。イメージをかきたてる橋賢亀さんの挿画も素敵でした。カラーも勿論良いのですが、章ごとの扉絵が象徴的でありながら麗しくて好き。
原典を熟知している方が読めば題材の料理の仕方に唸らされ、知らない方が読めば繁栄していた王国の落日までの物語を楽しめると思います。良い意味で敷居が低い作品かと。
この作品でアーサー王伝説に触れた方には是非ともマロリーやマビノギオンなどの世界にも分け入って戴きたいですね。





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