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2006.06.09

最後の戦い (ひかわ玲子)

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『最後の戦い─アーサー王宮廷物語 3』
ひかわ玲子 著、筑摩書房 刊


「だがな、フリン……わたしは、そのようなことは望まなかったのだ。確かにあの時、わが城に現れた聖杯の奇蹟は目を瞠るようなものだった。わたしはその奇蹟を目の当たりにし、驚き、畏れた。だが、あの聖杯を欲しいとは思わなかったのだ。ここは、聖杯の城ではない──わが城、キング・アーサーが治める城なのだ。わたしにとって大切なのは、わたしの力で民を、国を、領土を治めることであって、聖杯がどれほどに素晴らしい力を持っていたとしても、その奇蹟に恃んで国を治めることではない。もし、聖杯こそがこの国のすべてを治められるというのなら、治める者は誰でもいいではないか? はたしてわたしの力など必要だろうか?
 わたしに必要なのは聖杯ではない。円卓騎士団こそが、わたしのすべてであり、わたしが愛するものだ。わたしはこのログレスの七王国を、わたしの民を、わたしの忠実な騎士を愛していて、そして、わたしのこの手で彼らを守りたいのだ。聖杯の力を借りなければ、わたしは自分の王国を守れないのか? 違うはずだ、そう思いたい──」
 王の言葉に、フリンははっとして、息を呑んだ。
 アーサー王がおっしゃられることはもっともだ、と思った。確かに、聖杯の力は素晴らしく、もしかしたら、聖杯の力がすべての問題を解決し、奇蹟によって国を潤し、すべての危難から国を守るのかもしれない。けれど、その時、王と騎士は何をするのだろう? この国を守るはずの王と騎士は。
 そうした王のお気持ちを、聖杯を探し求める騎士たちは知っているだろうか? マーリンさまは?
 フリンは唇を噛みしめた。

(同書P 19~20より引用)


カーライル城での王妃とランスロットの密会とその後に起こった惨劇によってキャメロットの勢力は二つに割れた。
処刑されようとする王妃を救い出し、難攻不落の城として名高い<喜びの砦(ジョイアス・ガード)>へ入ったランスロット軍をアーサー軍は包囲するが、不毛な争いに両軍は次第に疲弊していく。
膠着した戦況を打開する為、アーサーとランスロットは<湖の貴婦人>とマーリンの助言を受け入れるのだが、一族を殺されたガウェインのランスロットへの恨みは深く、復讐の念に憑かれたガウェインの耳には王の言葉も届かない。
執拗とも云える強硬さのガウェインの主張に押し切れられるようにしてベニックへの遠征を決めたアーサー軍が再度の膠着状態に陥いる中、王の名代としてキャメロットに残ったモードレットがログレス王としての即位を宣言し、円卓の間を打ち壊す暴挙に出たとの報が告げられる……。

最終巻。
王妃の不義により円卓騎士団は離散、宮廷には不穏な空気が漂い始め、永遠の繁栄を約束されていたかのようなアーサー王の治めるログレスは崩壊への道を辿ることとなります。
滅びの運命に巻き込まれる人々の姿とそれぞれの思いが交錯し、抗えない運命の大きな渦の中に読み手をも巻き込んでしまう迫力は流石。最後の方はちょっと慌しいようにも感じましたが、話の勢いをそがない為には仕方なかったのかも。

前2冊はメイウェルをはじめとした女性側の描写が多かったのですが、最終巻であるこの巻では男性側の描写が多くなっています。主な視点もフリンのものからになり、王に最も近い彼の目から見た王国の終焉と偉大な人物が去った後の寂寥感は読み手の立場と一番近いせいか、自分もその場に立ち会っているかのような気持ちが味わえました。
今回一番印象深かったのはアーサー王の矜持と騎士たちへの思いを伝える引用部分でした。偉大な人物であればあるほどその内面は伺いにくくなるものですが、長年仕えている小姓のフリンへの語りかけという形が自然で良かったと思います。
そして、先行するどの作品よりも好青年だったモードレットが反逆者となってしまう過程は説得力があった分だけやりきれないものを感じて、これまた非常に印象に残りました。
女性たちは前2巻に較べると少し影が薄くなったように感じましたが、モルゴース王妃とモーゲン王妃の対話のくだりは素晴らしかったです。


巻末の解説はアーサー王研究で著名な高宮利行先生でして、伝説の起源から発展などの流れも簡潔にわかりやすくまとめられているのも高ポイント。イメージをかきたてる橋賢亀さんの挿画も素敵でした。カラーも勿論良いのですが、章ごとの扉絵が象徴的でありながら麗しくて好き。

原典を熟知している方が読めば題材の料理の仕方に唸らされ、知らない方が読めば繁栄していた王国の落日までの物語を楽しめると思います。良い意味で敷居が低い作品かと。
この作品でアーサー王伝説に触れた方には是非ともマロリーやマビノギオンなどの世界にも分け入って戴きたいですね。

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2006.06.07

聖杯の王 (ひかわ玲子)

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『聖杯の王─アーサー王宮廷物語 2』
ひかわ玲子 著,筑摩書房 刊

 凄まじい何かの力が、この場に流れ込んでいた。それは、人の領域ではないものだ。闇と光が交わり、新しい何かを生み出そうとしている。その渦が目の前にあった。
 コトン……音がする。運命の縦糸が、運命の横糸と絡まる。そして、確定していく。
 カタン……音がする。また、運命が時を刻む。人が逆らえぬ力、誰もがそれぞれの運命に絡み取られていく。否応なく。それは、そのタペストリーを織るエレインだとて例外ではない。予言の内容は左右できない、とエレインはよく言っていた。それは、わたしの指先にやどるだけなの、と。
 コトン……また、音がする。運命を刻んでいく音だ。また、どこかで誰かの運命が定まった。逆らえない運命の中で、それでも人はあがく。あがき、流され、そしてその中で喜び、悲しむ──その繰り返し。カタン……音がする……。

(同書 P254より引用)

アーサー王の輝かしい治世を象徴する円卓。その席は常に円卓騎士団の名に相応しい者たちで占められていた。
モードレット王子のとりなしで円卓の間への入室を許されたメイウェルは、サー・ユウェインの席の隣に「サー・パーシヴァル」という見知らぬ騎士の名前が浮かび上がるのを目にし、未だ埋められたことのない唯一の席、王の椅子より十三番目にあたる「危難の椅子(ペリラス・シート)」と呼ばれる空席では、人でもなく神仙でもない美しい青年の幻を見る……。


2冊目となるこの巻では、聖杯と登場人物たちのそれぞれが抱く思いを絡めて物語が進行していきます。
ランスロットとギネヴィア王妃の恋のもつれはシャロット城の塔の中で人目を避けた暮らしを送るエレイン姫へも影響を与え、彼女の運命は悲劇的な状況へと導かれます。
関わった人々すべてに不幸をもたらす激しい愛のままならなさと複雑さは、誰が悪いと云い切れないだけに切ないばかりでした。
そして、エレイン姫の報われない想いは聖杯の存在と密接な関係を持つことになりますが、実らない片恋の行き場をなくした激しい感情の向かう先をこういった形で表現するとは予想もつかず、彼女が運命に対して成した「復讐」と予言の成就、地上に繁栄をもたらす聖杯を見出す為に生まれた特別な騎士ガラハッドの出自には著者独自の解釈が生きていて素晴らしかったと思います。テニスンや漱石の作品のこだまも響かせた巧みで鮮やかな表現にも唸らされました。
この件りはエレインの激しい情念があますところなく描かれており、好みは分かれるでしょうが秀逸な箇所ではないかと。
エレインの悲恋によってメイウェルやフリンも精神的な成長を遂げるのですが、次巻での彼らは一体どうなってしまうのか、聖杯探索にはどのような決着がつけられるのか、そしてログレス王国の辿る運命はどのようなものなのか。
すべての答えが出るであろう最終巻も楽しみです。

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2006.06.06

キャメロットの鷹 (ひかわ玲子)

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『キャメロットの鷹─アーサー王宮廷物語 1』
ひかわ玲子 著, 筑摩書房 刊


妖精の島アヴァロンから魔術師マーリンによってキャメロットに送られた双子のフリンとメイウェル。彼らには鳥に変身できる力があり、フリンは鷹に、メイウェルは鷦鷯(みそさざい)にそれぞれ姿を変えられる。
兄のフリンは王の小姓として、妹のメイウェルは王妃の女官としてそれぞれアーサー王の宮廷に仕えていた。
ある日、繁栄を誇るログレス王国の華やかな宮廷にアーサー王の姉たちが招かれるのだが、彼女たちの訪れは王国の運命を大きく動かしていくことになる。
そしてメイウェルは思わぬ出来事から王暗殺の陰謀に巻き込まれ……。


ケルト伝承を重厚なきらびやかさで再話した、『イスの姫君』の著者であるひかわ玲子さんのアーサー王伝説がようやくまとまったとのことで、どんな風に料理してくれるのかとわくわくしながら手に取りましたが、勝手に想像していた、禍々しく妖しく美しい雰囲気とは全く違っていたので驚きました。

ギネヴィア王妃に仕える女官メイウェルの視点から主に語られる物語なので、王国を揺るがす陰謀が絡んでいてもどこか軽やかで瑞々しい印象でした。
メイウェルが騎士ユウェインに寄せる淡い恋や、王子モードレットにも心惹かれてしまう戸惑いなど、柔らかな心を持つ少女の視点の甘酸っぱさが出ていてくすぐったいような気持ちにさせられますが、少女小説の趣を備えつつも要所要所ではきちんとしたファンタジーなので、アーサー王伝説を知らない方でも読みやすく、良い意味で敷居の低い作品だと思います。
この作品で感心した点は、アーサー王やマーリン、ギネヴィア王妃とランスロットなどなど、色々な再話で主役を張ってきた人物たちがメインになっていない所です。
物語中で頻繁にスポットが当たっているのは、女官であるメイウェルや、王の小姓であるフリン、円卓の騎士の中でも割合地味な役回りのサー・ユウェインなど、本来の伝説中ではおそらく脇役にまわってしまうような立場の人々です。物語を大きく動かしていく人々ではなく、その周りで様々な事件に翻弄される人々の姿を描くことによって、読者がキャメロットの宮廷内のひとつひとつの出来事に感情移入しやすくなっているのではないかと。
偉大な人物たちをメインに据えた物語を期待する向きにはちょっと物足りないかもしれませんけれど、アーサー王伝説のヴァリエーションとして今までこういったものはなかったような気がします。
人物造形にも新鮮で印象深いものがありました。特に王の甥で後継者となるモードレッドには原典でも再話でもあまり良い役回りが与えられていないのですが、この作品中のモードレット王子は美しく聡明で率直な青年として好ましく描かれています。ステレオタイプなキャラクター化でない点でポイントが高いのは勿論ですが、彼が王国の崩壊にどのように関わっていくのかという点でも興味が尽きません。
女性では、妖艶で謎めいた魅力に深い哀しみと憎しみをまとわせたモーゲン王妃と、タペストリーを織ることで様々な予言をもたらすエレイン姫が興味深い役割を振られていて、彼女たちがこの先物語とどのように関わっていくのかと云うのも先を読む楽しみのひとつになりそうです。次巻にも期待。


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