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2006.08.30

バビロンまでは何マイル (ダイアナ・ウィン・ジョーンズ)

バビロンまでは何マイル (上) (創元ブックランド) バビロンまでは何マイル (下)


『バビロンまでは何マイル』上
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 著  原島 文世 訳 東京創元社 創元ブックランド 刊


バビロンまではどう行こう?
こことあそこの外側を。
橋を渡るか丘を登って?
ああ、ふたつとも越えてくよ。
昼と夜の外側を
蝋燭の灯で行けるとも。

(下巻 P141より引用)


多元宇宙を魔法で管理する「マジド」の英国人青年、ルパート・ヴェナブルズの生活は多忙そのもの。地球で旧ユーゴスラヴィアと北アイルランドの問題をなんとか片付けたと思えば、次は担当区域のひとつコリフォニック帝国の非公開の法廷へ召喚される。そこでルパートが目にしたものは皇帝の長子に対する理不尽な告発と残酷な結末だった。
帝国のやり方に腹を立てながら帰還すると、彼のマジドの師であるスタンが危篤だとの知らせが入る。スタンが選んだ後任の候補者は5人。この中から新しいマジドを選ばなくてはならない。
なかなか捕まえられない行方知れずの候補者たちに苛立つルパートのもとに、今度はコリフォニック帝国皇帝ティモス9世暗殺の報が届き、暫定的な摂政の任にあたっているダクロス将軍からは帝国の後継者捜索に協力を乞われる。
地球とコリフォニック帝国、両方の世界でなかなか片付きそうもない難題を抱え込む羽目になったルパートは……?

26歳にしてはちょっと大人げないかな~とは思いつつも、読みながらルパート君にはちと同情しました(笑)。
「どうしていやなことってのは、なにもかもいっぺんに起こるんだ?」(P14)ってな台詞には激しく共感しましたよ。
やらなくちゃならない仕事は山積みだし、どれもこれもやっつけ仕事では片付かないような問題で、しかもそこに関わる人々ってのは一癖も二癖もある人ばかり。この状況で切れ気味になるなと云う方がよっぽど無理難題でございます。ルパートってばなまじっか責任感が強いだけに色々苦労を背負いこむタイプなのではなかろうか。いらいらしてしまうのは仕方がない状況だけど、あんまりかりかりしてると血管切れるよルパート……(いらぬ世話)。
こんな彼の苦労は果たして報われるのか? ルパートに平穏な日々は訪れるのか? と物語の謎と彼の行く末をハラハラしながら見守っておりました。

物語はマジドの後任者と帝国の後継者という、ふたつの世界での重要な役目を持つ人物探しを軸に進んでいきます。主な語り手はルパートですが、その他にはマジド候補者のマリーとその従弟ニックの語り(記録)が差し挟まれる体裁。著者の一人称語りの作品は今まで読んだことがなかったのでなかなか新鮮でした。当事者が持つ切羽詰まり具合が三人称よりも明確に伝わってきますし、同じ出来事の視点の違いも楽しませて貰えましたし。
複雑極まりない絡み合った謎が謎を呼ぶ展開や登場人物たちの意外な秘密など、著者ならではの魅力あふれるストーリーテリングは相も変わらずお見事です。
特に関係者の殆どが集結するイギリス幻影大会(ファンタズマゴン。SF大会みたいな催し)の場面のてんやわんやでごったごたな雰囲気の描写には脱帽かつ爆笑でした~。

邦題にも使われている「バビロンまでは何マイル」というフレーズは英国の伝承童謡(ナーサリーライムもしくはマザーグース)の中でもかなりメジャーなものですが、このフレーズが物語の謎を解くキーワードになっていたり、ある展開の中では重要な役割を成していたりと、使われ方がずいぶん凝っていて非常に面白かったです。
全部で6連あるうちの第2連以降は著者の創作なのですが、全く違和感が無くてそれらしい感じで続くので、自分が知らなかっただけで実は続きがちゃんとあってこんな詩だったのか?とついうっかり信じそうになりました……と云うより半ば騙されかかっておりましたわ(笑)。
この部分は原文を読んでみたくなりました。英語だとどんな風になっているのかな。


本筋とはまったく関係ありませんが、ブリストルが舞台のひとつに使われていたり、ニックとマリーが共有する空想世界ブリストリアの存在などは『九年目の魔法』と少し重なるような印象がありました。
『九年目の魔法』にもブリストルが出てきますし、使われ方はまったく違いますけれど、タン・クールと助手のヒーローの冒険譚もリンさんとポーリィの共有する世界ですし……ってこじつけのし過ぎかな?
こじつけついでに書いちゃいますが、P・G・ウッドハウスの万能執事(従僕)ジーヴスシリーズのキャラクター名が示されているところも共通点として挙げたいと思いますよ!(笑)
『バビロンまでは何マイル』では上巻P234の操作係とルパートの「ああ、魔法を使うバーティ・ウースターみたいな!」と「目に見えない執事がいるんだ」ってなやりとり。
『九年目の魔法』では文庫P212のリンさんの「そんなところだったとは。ジーヴスお嬢さん、(略)」って台詞。
ジョーンズさんってばよっぽどジーヴスがお好きなのかしら~と邪推してしまいました。
ま、英国の方にとっては有名かつ親しみのあるキャラクターだからってのもあるかとは思いますけども、自分がウッドハウス好きなんでちょっと嬉しかったものでして~。すいません(笑)。


この物語には『花の魔法、白のドラゴン』という後日譚があるそうなので、こちらもも近いうちに読んでみたいと思っています。
『バビロン~』ではかなり美味しい役どころだったニックが活躍するとのことなので楽しみ~!


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2006.08.12

でかした、ジーヴス !(P・G・ウッドハウス)

でかした、ジーヴス!―ウッドハウス・コレクション (ウッドハウス・コレクション)

『でかした、ジーヴス!』
P・G・ウッドハウス 著 森村たまき 訳 国書刊行会 刊


僕が見るところ、女性というものは端的にだめだ。今回の一件に関わった女性を例にとろう。まず僕のアガサ伯母さんから始めるなら、彼女はポント街の害獣と言ったほうが通りがいいスッポン人間だ。アガサ伯母さんの一番の親友、ミス・メイプルトンについては、一度だけ彼女と会ったその機会に、彼女はいかにもアガサ伯母さんの一番の親友らしき人物であると僕に感銘を与えたと言い得るのみである。ボビー・ウィッカムはというと、心清き者に、僕が今やっているようなことをやらせてのさばっている。それでボビー・ウィッカムの従姉妹のクレメンティーナと来た日には、せっせと学業に精励して良妻賢母となるべく努力する代わりに、インク壺にシャーベットを詰めて人生の春を浪費しているのだ──。
 なんて連中だ! なんて連中だ!
 まったく本当に、なんて連中なんだ!

(同書 P227~228 「ジーヴスとクレメンティーナ嬢」より引用)


国書刊行会版ジーヴスの5冊目にして短篇集の3冊目です。
危険な赤毛の美女、ロバータ・ウィッカム嬢の魅力に骨抜きになりかけているバーティにいよいよ春到来か? 
そしてジーヴスはバーティの目を覚まさせることができるのか?
波瀾万丈の結果は本文にて!(←おいコラ)


冗談はともかく、今回の災厄の女王(笑)は間違いなく件のロバータ・ウィッカム嬢でありましょう。
バーティにいらぬ知恵をつけるは、蔭では凄まじい暗躍(笑)をするは、他人のものを何の断りもなく勝手に譲ってしまうは、規則の厳しい女子校の門限破りの片棒をかつがせるはの大活躍です。お見事と云うほかございません。グレイトです(拍手)。
「君子は危うきに近寄らず」と昔から申しますが、危うき人物が大挙して押し掛けて来るバーティ君の場合はいくら身を慎み守ろうとしても全くの無駄なんだよねぇ……(遠い目)。
しっかし、バーティの周りの女性たちはどうして誰も彼もこう強烈なのか。
やや神々しいグラディス(※綴りの中にwが入る)・ペンドルベリー嬢も芸術家ならではの感性(?)でバーティを振り回しておりましたし、勿論、アガサ伯母さんやダリア叔母さんの無理難題も健在ですよ!
女性に対して夢破れても良さそうなものなのに、全然まったくこれぽっちのからっきしも懲りてない(笑)バーティもいい加減目を覚ますといいよ……。もうジーヴスがいればそれだけでいいじゃんさ(そういう訳にもいかないのでは)。
彼女たちの存在感に比べると、バーティの友人であるタッピー・ビンゴ・シッピーらの男性陣はちょっとかすんでしまいますけれど、恋愛問題や夫婦仲をややこしくすることにかけては相変わらずの手腕を発揮してバーティを翻弄しておりました。ブレーメンフィールド(子)や、セバスチャン・ムーン坊ちゃん、従弟のトーマスらの悪ガキ連中も良い仕事振りでしたねぇ。
登場人物の殆どすべてがバーティを窮地に立たせる為に日頃から切磋琢磨し、技に磨きをかけているとしか思えません。
まったく本当に、なんて連中なんだ!(笑)

そんなたくさんの人物たちがバーティをよってたかって困らせる短篇集はこれで最後とのこと。読みやすくて楽しかっただけに少々残念ですが、次は長篇が刊行されるとのことで楽しみです。『ウースター家の掟』みたいな感じだと良いなぁ。
バーティの窮地を救うジーヴスのお手並みにも勿論期待していますよ~。


それはそうと、アガサ伯母さんを評した「スッポン人間」って一体……(汗)。
喰らいついたら離さないって意味? それとも他に何か深い意味でもあるんでしょうか(笑)。

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2006.08.08

アラビアの夜の種族 (古川日出男)

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫) アラビアの夜の種族〈2〉 (角川文庫) アラビアの夜の種族〈3〉 (角川文庫)


『アラビアの夜の種族』Ⅰ
古川 日出男 著  角川文庫 刊


「わたしは想うのですが」とアイユーブは囁いた。「フランク族に武力で抗しても、これは無駄かも知れませぬ。すでに閣下もお気づきのように、マムルークは無力かも知れませぬ。エジプトの騎馬部隊は。ならばべつの手段に訴えるしかないでしょう──」
「どのような手段(てだて)だ?」
「古典的な方法です。きわめて古典的な方法です。連中には贈りものをして、フランク族の元来の土地に帰ってもらうのです」
「撤兵させる贈りものなど」やや戸惑いながら、しかし武力では対しないというアイユーブの言に納得して、イスマーイール・ベイは訊いた。「その代償はどれほどの金高となる? フランス人を満足させるのに、いかほどの金銀財宝が要ると想うのだ?」
「金銀財宝でも、美女つきの宮殿でも、あるいは頒けあたえる土地でもありません」
「ほほう」戸惑いを深めながら、さらにイスマーイール・ベイはひきこまれる。
「しかし美しい献上品です」
「美しいのか」
「いかにも極美です。そしてフランク族の軍勢にとっての破滅の原因となります。
「それはいったいなんだ?」
「それは書物でございます」

(『アラビアの夜の種族 Ⅰ』 P38~39より引用)


聖遷(ヒジュラ)暦1213年、エジプト。
カイロにナポレオン艦隊の襲来の報がもたらされ、かの地の偽りの平穏は破られた。
混乱に満ちるカイロだったが、最強の騎馬部隊を誇るマムルーク(支配階級奴隷)のベイ(指導者)らは己の武力を過信し、状況を楽観視していた。
そんな中でフランス軍による侵掠の危機を憂慮していたのは、側近のアイユーブが蒐集した情報を逐一知らされていたイスマーイール・ベイひとりだった。
カイロの中で唯一正確に状況を把握しているアイユーブは、主人に向かってフランス軍撤退の秘策について語り始める。
それは、読む者を破滅に導く書物『災厄(わざわい)の書』を敵将軍ナポレオンに献上するというものであった──。


文庫化につき再読。
ハードカヴァー版で読んだのが数年前だったので、良い感じに記憶が薄れていて非常に楽しめました(駄目な感じ)。
そんなおぼろげな記憶の中でも忘れられなかったのが上に引用したイスマーイール・ベイとアイユーブとの対話部分。初読の際にもここにやられましたよ。本好きの方はこの部分でがっちり心を掴まれてしまうと思うんですが如何でしょうか。
中世的な武力を誇り、その力の強大さに胡坐をかく権力者たちの中でただひとり近代兵器での侵略に不安を抱くイスマーイール・ベイ。彼の側近がフランス軍へ対抗する策として持ち出してきたのは奇書にして稀書である『災厄(わざわい)の書』の献上です。
「古今東西における、もっとも稀代の。またとない玄妙驚異の内容(なかみ)を具えた一冊」とされるこの書物とひとたび「特別な関係」におちいったが最後、その人物は全てを投げ出して書物に没入し、破滅へ向かって突き進むことになるのです。自身も相当な愛書家であるイスマーイール・ベイは書物の威力に疑念を抱きつつも、アイユーブの語る策と『災厄(わざわい)の書』に次第に魅了されていきます。
読む者を破滅に導くほどに面白い物語ってどんなものなんだろう……と読んでいるこちらの期待も煽られてしまうのですが、その期待が裏切られることはありません。
カイロの片隅で美しき語り手ズームルッドによって夜毎に語られる妖術師アーダムの物語、美しい拾い子のファラーとサフィアーンの物語。
アラビアンナイトさながらのきらびやかさと妖しさと美しさを持った、三人の男を主人公とするそれぞれの物語はやがてひとつになり、思いもかけない方向へと読者を誘います。
作中作の面白さも凄いのですが、そこへナポレオンのカイロ侵攻の緊張感が加わって来る為、とにかく先へ先へと読み進めてしまうのです。こうなってくるともう読者は完全に著者の術中にはまることになり、この物語とまさに「特別な関係」になってしまうのですね。
流石に今回は再読なので寝食を忘れてとまでは行きませんでしたが、現実のパートと物語のパートの両方の引きが共に巧みなもので初読の際はかなり没頭して読みました。第一部にあたる一巻目の引っ張り方が一番強いかな。この巻だけは再読なのにほぼ一気読みでしたよ。

無粋なことになりますんで詳述は避けますが、作中に凝らされた様々な仕掛けや罠に踊らされるのも楽しみのひとつ。意外な方向に転がっていく結末も含めて堪能しました。
未読の方は文庫化された機会に是非とも語りと騙りの魅力に満ち満ちたこの作品と「特別な関係」になってみて下さい。


余談になりますけれど、この作品の後日譚にあたる短篇(7ページほどなのでショートショートと云った方が正しいかも)「サイプレス」が『ゴシック名訳集成 暴夜(アラビア)幻想譚』に収録されています。
興味のある方はこちらもどうぞ。


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