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2006.09.30

七王国の玉座 氷と炎の歌1 (ジョージ・R・R・マーティン)

七王国の玉座〈1〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF) 七王国の玉座〈2〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF) 七王国の玉座〈3〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF) 七王国の玉座〈4〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF) 七王国の玉座〈5〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)


『七王国の玉座 氷と炎の歌1』Ⅰ
ジョージ・R・R・マーティン 著 岡部宏之 訳 ハヤカワSF文庫 刊

「(略) 恐れるべきものがない場合には、臆病者はだれにも劣らず勇敢でありうる。そして、義務を果たすのに代償が要らない場合には、われわれは皆、義務を果たす。そのようなときには、名誉の小道を歩くのは、なんと容易に見えることか。だが、あらゆる人の人生において、遅かれ早かれそれが容易でなくなる日がくる。選択せねばならない日がくる」
(『七王国の玉座Ⅴ』 P58より引用)


古代から続くターガリエン王朝を滅ぼした後、七王国の玉座を得たのはロバート・バラシオンだった。新王の下で統一されたかに見える七王国だが、その内情は穏やかならぬものであった。
北の領地で一族と共に静かな暮らしを送っていたスターク家の領主エダードは、親友であるロバート王自身から補佐役“王の手”に任命されるが、その出来事をきっかけにスターク家の子供たちまでが王権をめぐる陰謀へと巻き込まれることとなる。そして都へ赴いたエダードが前任者の死の理由を探るうちに行き着いたのは王位継承に関わる重大な秘密だった……。


中世のヨーロッパを思わせる異世界、七王国を舞台にした重厚的かつ緻密な架空歴史小説の開幕篇。
多彩な人物が登場し、戦記ものとしても群像劇としても非常に優れているのですが、何と云っても興味深いのが語りの視点です。
この物語の視点となる様々な人物たちは、女性であったり子供であったり身体的に不自由な状況に置かれていたりと、殆どが弱い立場にあります。権力の中枢に据えられた人物のひとりであるスターク家の当主エダードすら例外ではありません。望んで手に入れたのではない重職の拝命が発端となり、やがて苦境に立たされることになります。
このように多彩な人物たちの弱い部分が率直に語られることによって、それぞれの描写も厚みと深みを備えたものとなり、かなりの人数が登場するにも関わらず、ひとりひとりを血肉を持った存在として感じさせ、彼らの悩みや苦しみをも読み手に切実に伝えて感情移入をしやすくさせている手腕は見事。複雑な人間関係も物語の濃密さを際立たせています。それだけに彼らを連れ去る死の容赦の無さにも凄みが増し、別れのつらさが身にしみてしまいますが。
権力者やそれ以外の人物が入り乱れる、多角的な視点での複雑な物語の先が読めないこともそうなのですが、物語の中に散りばめられた多くの謎も魅力のひとつとなっています。登場人物にまつわる謎は勿論、“壁”の向こう側はどうなっているのか、異形人たちやドラゴンの存在など、不可思議な存在があまり表に出てこないこの巻ですら気になってしかたがないことが多いので、この先も謎が明かされたりまた新たな謎が生まれたりと、おそらく息をつく間もないような展開が待ち受けているのでしょう。想像するだけでも先を読むのが楽しみで仕方がありません。

新旧の支配者や諸公たちの思惑が激しく行き交い、陰謀と裏切りと人々の血で彩られた七王国の権力争いの絵図は果たしてどのように描き換えられていくのか。
旧王家ターガリエンの血筋を受け継ぐ最後の姫君デーナリスと騎馬民族たち、スターク家の人々の動向などは特に気になるところです。
物語はまだまだ始まったばかりのようですので、最終巻までの長い道のりを追いかけて行きたいと思います。行き着く先は果てしなく遠そうですけれど……。

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2006.09.16

伯林蝋人形館 (皆川博子)

伯林蝋人形館


『伯林蝋人形館』
皆川博子 著 文芸春秋 刊


 その部屋の壁には、ミイラめいた蝋人形が幾体も、絞首刑にかけられたように吊り下がっていた。
 部屋の中央に、蓋を閉ざした柩が据えられ、その頭のほうに、痩せて頬のこけた、銅色の髪と口髭、顎鬚をもった男が立っていた。その男を、彼はよく知っているのに、やはり名前が浮かばなかった。
 まぎれもなく、深い夢の中に閉じ込められているのだと、彼は自覚した。
 男は彼に語りかけた。
「君は、詩人だね」
 彼は否定した。詩人であったのはJ**だ。しかし、男はかまわず続けた。
「この蝋人形たちは、自分についての物語を書いてくれる者を求めている」
 男は彼に向かって指を突きつけた。
「すべての物語を書き終えた者には、自殺の特権を与えよう」そう言って、男は、指の先を柩に向けた。

(同書 P20~21 「Ⅰ アルトゥール・フォン・フェルナウ 温室」より引用)

第一次大戦敗戦からナチスが台頭しはじめる1920年代のベルリンを主な舞台とし、プロイセン貴族の士官だったアルトゥール・フォン・フェルナウを中心にした6人の男女を描いた物語です。様々な幻想に彩られたそれぞれの視点の物語の後には「作者略歴」として彼らの生い立ちと行き着く先が語られて、通読すると著者が物語に織り込んだ複雑な模様が浮かび上がってくる凝った構成となっています。
戦争を絡めた幻想譚と云うか幻想を取り込んだ戦争物と云った方が正しいのか。「魂を根こそぎ引き抜かれた後の、どう埋めようもない穴」(P107)を抱え、ジゴロとして無為な日々を送るアルトゥールと彼と何らかの関わりを持った人々の生き様を現実と幻想の境界を曖昧にしつつ描写していく辺りは、生と死と毒と頽廃と享楽そして一種の静謐さがあって非常に魅力的で、暗さを持ちながらも華やかな著者の筆が冴え渡っています。植物園と蝋人形師の描写が繰り返される部分は呪文めいていて眩惑されてしまいました。
特に印象に残った詩人と蝋人形師のエピソードは静かな狂気を孕んだ幻想譚としても秀逸でした。この作品に登場する詩人は『薔薇密室』(→感想)で言及される詩人ヨハンネス・アイスラーと同一人物なのですね。(※リンク先引用文を参照)
彼の中から迸る冷たくも美しい死のイメージも堪能できたことも嬉しかったです。著者の文章はもともとかなり詩に近いと思いますが、挿入する詩の使い方が非常に効果的なので両方が合わさることによってぞくりとしてしまうほどの世界を読み手に与えてくれます。これは教養と文章に対する美的感覚が優れているからこそ成し得る技でしょうね。素晴らしいの一言に尽きます。

虚無を抱えてしまったことによって抗いつつも死に惹き寄せられてしまう者たち、埋めようもない空虚さを持ちながらそれでも生きていかざるを得ない者たちの対比も鮮やかで、死と絶望を緻密に描くことは生と希望(たとえそれがほんのわずかなものでしかなくても)を胸に植えつけることにつながるのだろうかと感じました。


著者のドイツものがお好きな方には是非とも読んで戴きたい作品です。

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2006.09.12

アルフレッド・クロップの奇妙な冒険 (リック・ヤンシー)

アルフレッド・クロップの奇妙な冒険


『アルフレッド・クロップの奇妙な冒険』
リック・ヤンシー 著 堺三保 訳 ソフトバンククリエイティブ株式会社 刊


ぼくは、自分が世界を変えちゃうとか、世界を守るために死んじゃうなんて、思ってみたこともなかった。天使も奇跡も信じちゃいなかったように、自分のことをヒーローだなんて考えたことも全然なかった。ぼくを含めて、ぼくを知ってる人はみんな、そう思ってたはずだ。ぼくが世界でもっとも強力な武器を手に入れ、イっちゃってる奴にそれを渡しちゃうまでは。ぼくの話を聞いたあとでも、人はぼくなんかたいしたヒーローじゃないじゃんと思うかもしれない。だって、ぼくの活躍のほとんどは、ぼくのドジの結果だって言ってもいいからだ。
(同書 P6より引用)


テネシー州ノックスヴィルに住むアルフレッド・クロップは15歳。
父親の顔は知らず、母親は彼が12歳のときに癌で亡くなってしまい、里親のもとを転々とした後は母親の弟である唯一の肉親のファレルおじさんと暮らしている。
あまり豊かではないにせよ、おじとの暮らしに概ね満足していたアルフレッドだったが、ファレルおじさんが持ちかけられた儲け話に協力することによって生活は一変、世界を揺るがす大事件に関わることになり……。

アーサー王伝説を現代的にアレンジした一種の貴種流離譚とでも云いましょうか。
どの辺がアーサー王伝説なのかと申しますと、この作品の大前提。アーサー王の最期に立ち合った騎士ベディヴィア卿がエクスカリバーを湖に返さず手元に置き、いつか新しい主が現れるまで剣を守る騎士団を結成するってな設定なのですよ。こういう改変は珍しいかな?と思って手に取りました。
思いもかけない大事件に巻き込まれてしまった割に、妙に冷静で分別のある主人公のアルフレッドのキャラクター造型にはなかなか魅力がありましたが、彼をめぐる大人たちの方にいまひとつ魅力が感じられなかったのが少々残念。
ベディヴィアの末裔であるベナッキオは出番も多いので入れ込むことは可能な筈なんですけど、彼の云っていることにはまったく共感できませんでした。エクスカリバーを守るという誓いによって、脅迫の種になるであろう他者と血の絆を結ぶことを拒むのはわかるんですが、云ってることが立派な割に行動が伴ってないような気がしてしまうんですな。
ベナッキオの主張もわかりますけど、女性の立場から見れば彼らの云い分は物凄く身勝手ですよ?
果たすべき義務が果たせないなら孤独な立場をずっと貫いて欲しいよな~などと思ってしまいました。でなければ、彼らの弱さ寂しさを読み手に納得させられるだけのエピソードがあればなぁと。
敵役にもあまり深みがないように思えてしまいました。特にサムスンとモガルトの相克はもうちょっと突っ込んで書いて欲しかったです。悪役の側が持っている理を提示して貰わないと色々納得できかねる部分があるんだよねぇ……。
あとですね、女性キャラクターの扱いがとても不満で!
ナターリアなんて使いようによってはとても魅力的なキャラクターになる筈なのに!と地団駄踏んでました。
別に差別する訳ではありませんが、女性作家だったら彼女をこういう風に使ったりはしないだろうなぁ。

アーサー王伝説ものについては個人的にちょっと思い入れがあるのでちょっと(かなり)難癖もつけましたが、そうでなかったら、少年の成長物としてはそこそこ良く出来ていると思います。
肉親を喪うことのつらさを熟知しているアルフレッドがベナッキオに素晴らしく筋の通ったことを云うくだり(36章)にはちょっと拍手したくなりました。主人公の造型は本当に良いんだ……。
最後まで読んで、この話の中で最終的に誰が一番分別と責任感があったかと問われたならば、やはりアルフレッドと答えるしかないでしょう。苦労してる分、本当に良く出来た子だよアルフレッド!


クライマックスにはアーサー王伝説ゆかりの地であるストーンヘンジやティンタジェルが出てくるので、そのあたりは素直に楽しかったです。
アーサー王もののちょっと変わったヴァリエーションを読んでみたい方はどうぞ。


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2006.09.09

淑やかな悪夢 (シンシア・アスキス 他)

淑やかな悪夢 (創元推理文庫)

『淑やかな悪夢』
シンシア・アスキス他 著  倉阪鬼一郎・南條竹則・西崎憲 編訳 創元推理文庫 刊

英米の女流作家の恐怖小説を集めた短篇集。
恐怖小説や怪談話に造詣の深い訳者の方々の手腕が発揮された上質のアンソロジーとなっています。
怪談話の肝は語り口だと常々思っておりますが、やはり翻訳が端正でわかりやすくあってこそ怖さも引き立つものだなぁとこの本を読んで感じました。
巻末の訳者鼎談も翻訳論や恐怖論を語る読み物として面白かったです。

収録作中で純粋に一番怖かったのはシンシア・アスキスの「追われる女」。
つくりとしては非常にシンプルなんですが、それだけに突き落とされる結末にぞっとさせられました。
主人公が精神的にどんどん追い込まれていくシャーロット・パーキンズ・ギルマンの「黄色い壁紙」も別の意味で怖かったです。この作品、フェミニズム的に読み込むとまたずいぶん違った意味合いを持つかとは思われますけれど、恐怖小説としての怖さはかなりのものです。主人公が目にするものは超常現象なのか、それとも精神のバランスがどんどん崩れていった結果の産物なのか。読後に厭な気分になること受けあいですが、それだけに忘れ難い話となっております。
怖いと云うよりもその独特の雰囲気に惹かれたのがディルク夫人の「蛇岩」。
北海の傍に建つ荒れた城に人目を避けるようにして住む母娘。母親の束縛から逃れようとする娘は城を出ようとするのですが、その願いが叶うことはありません。やがて思いもかけない真実を知ることになった娘は……というのが大筋。舞台立てや過去の因縁など、怪談話によくあるパターンと云えばそうなのですけれど、作者の紡ぎだす幻想的で薄暗い雰囲気がなんとも云えず魅力的でした。この話で一番の怖いポイントは娘の意志的過ぎる行動かもしれません。
あと印象に残ったのは、箸休め的にユーモラスなパメラ・ハンスフォード・ジョンソンの「名誉の幽霊」。幽霊屋敷に招かれたロバートソンと、そこの住人である幽霊のジェレマイアの攻防とやりとりがなんとも愉快です。
坂田靖子さんの漫画にこういった雰囲気の作品があったのを思い出しました。
こういうのを訳されるのは絶対南條竹則さんに違いない!と確信してましたらその通りでしたね(笑)。

怪談話を楽しむ時季はちょっと過ぎてしまいましたが、蒸し暑い夜を過ごす際の枕元にどうぞ。


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