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2006.10.31

毒杯の囀り (ポール・ドハティ)

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『毒杯の囀り』
ポール・ドハティ著 古賀弥生 訳 創元推理文庫 刊


1377年、ロンドン。
裕福な貿易商トーマス・スプリンガル卿が自室で毒殺され、シティの検死官ジョン・クランストン卿と書記アセルスタン修道士のもとにその報せが届く。
トーマス卿の部屋の前の廊下は“小夜鳴鳥(ナイチンゲール)の廊下”と呼ばれ、人が通れば必ず“歌う”。この廊下を歩いた唯一の人物である執事ブランプトンは屋根裏部屋で縊死していた。執事が主人を毒殺して自殺したというのが妥当な考え方なのだが、整合性があり過ぎるふたりの死にアセルスタン修道士は不審を抱く。
そして、トーマス卿の仕事仲間だったヴェーシイが謎めいた言葉を羊皮紙に書き残して自殺し……。


酒好き女好きな検死官ジョン・クランストン卿と、過去の罪を悔いつつ聖職者と書記の二足のわらじ(サンダル?)を履いている真面目なアセルスタン修道士のコンビが活躍する、中世イングランドを舞台にしたミステリの第一弾です。
ミステリとしては謎解きのテンポがちょいとゆっくりめかな~と思わないではなかったのですが(何様ですか)、中世の暮らしぶりとか人間ドラマの部分はとても良かったし面白かったと思います。
自分の軽挙で肉親を喪った罪を償いながら生きているアセルスタン修道士(正確には托鉢修道士)ですが、美貌の未亡人の信徒ベネディクタに淡い想いを抱いていたりして、まだまだ悟りへの道は遠そうな悩み多き青年っぷりに好感が持てます。特にクランストン検死官にベネディクタのことを冷やかされて赤面しているシーンとか、馬上槍試合にベネディクタを誘って(勿論ふたりきりで出掛けるんではありませんが)即OKを貰った時に後悔と嬉しさとの板挟みになりつつもウキウキしちゃってるところなんてもう可っ愛くてなぁ!(笑)
あなたがベネディクタに参っちゃってるのは検死官でなくても丸わかりですし、たぶん本人にも筒抜けだと思うよ……。
中世の修道院文化についてはあまり詳しくないのでよくわかっていないのですが、アセルスタン修道士が自分を「托鉢修道士」だとやたらにこだわるのはドミニコ会が清貧をモットーにしているからなんでしょうか。でも、聖アーコンウォルド教会は清貧ってぇより赤貧だよね……(落涙)。
クランストン検死官の方はと云えば呑み助さんで健啖家で一見全く悩みの無さそうな印象ではありますけれど、過去の悲しみを忘れられない繊細なところや意外な一面も持っています。んでもって奥方とラッヴラヴ~な所が凄くイイ!
シリーズの一冊目だからなのか、聖と俗の対照的なこのふたりのコンビネーションはまだ息が合っていない部分や遠慮がちな部分がありますが、そこがまた味となっています。シリーズが進行していくにつれてこのふたりの関係も変化していくのでしょうね。そのあたりも非常に楽しみです。
歴史上の背景としてはかなり激動の時代にあるので、リチャード2世と摂政ジョン・オブ・ゴーントの間の緊張感が物語にどのような影響を与えるのかなども気になってます。
ワット・タイラーの乱とかその後のこととかも話に関わってくるのかしら。

帯によると来年には続刊が出る予定だそうなので嬉しいです。
順調に訳されていくと良いなぁ。

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2006.10.17

王狼たちの戦旗 氷と炎の歌2 (ジョージ・R・R・マーティン )

王狼たちの戦旗 上 画像クリックでamazonへ 王狼たちの戦旗 下 画像クリックでamazonへ

『王狼たちの戦旗  氷と炎の歌2』上
ジョージ・R・R・マーティン 著 岡部宏之 訳 早川書房 刊


「騎士は君の願望だ。ウォーグはきみの正体だ。それを変えることはできないんだよ、ブラン。否定することもできないし、遠くに押しやることもできないんだ。きみは翼のある狼だ。しかし、決して飛ばないだろう」ジョジェンは立ち上がり、窓のところに来た。「この目を開かなければね」かれは二本の指でブランの額を強く押した。
 ブランはその部分に手を当てたが、なめらかな一続きの皮膚しか感じなかった。目なんかない。たとえ閉じたものでも。「ないものをどうして開けることができる?」
「指でその目を見つけることは決してできないよ、ブラン。心で探さなければね」ジョジェンは持ち前の不思議な緑色の目でブランの顔をじっと見た。「それとも、きみ、怖いのかい?」
「夢の中には人が恐れる必要のあるものは何もないと、マイスター・ルーウィンがいっている」
「あるんだ」ジョジェンはいった。
「何が?」
「過去。未来。真実」

(下巻 P56~57より引用)


赤い彗星が空に妖しい姿を見せ、七王国には長い冬が訪れようとしていた。
前王ロバート・バラシオン1世の死後、鉄の玉座は十三歳の少年王ジョフリーのものとなったが、彼の出自に疑惑を持つ叔父たちのスタンニスとレンリーもそれぞれ王の名乗りを挙げ、父エダード公の処刑後に北の地ウィンターフェルの領主の座を継いだロブ・スタークも“北の王”として蜂起し、南への進軍を始める。
4人の王が立つ王国の内部は混乱を極めるが、さらに海の彼方では古代王朝の末裔デーナリスが甦ったドラゴンたちと共に七王国を目指そうとしていた……。


すでにあらすじ部分で書いてしまってますが(汗)、前作『七王国の玉座』(→感想)のネタバレが入っています。
未読の方でこれから読もうという方は御注意をば。


群雄たちはそれぞれ覇を唱え、骨肉は相食み、諸公たちはおのおの権謀術数をめぐらせ、七王国は本格的な乱世を迎えます。バラシオン家もラニスター家も一枚岩でないのに加え、諸公たちの暗躍にも目が離せない状態なので、玉座の行方だけでも気になるのに、今回は新しい神“光の主”を奉じる赤い教団の司祭に黒魔術師や錬金術師などが登場し、禍々しく魔術的な雰囲気が醸し出されて予断を許さない展開になっていきます。
そして、前作で去っていった人物も少なくないのに今回もいちいち挙げるのが億劫になるくらいたくさんの人が命を落とします。多数の人物が登場する歴史群像劇では当然のこととは云え、なにしろ全然先が見えないので「次は一体誰が……?」と読み手の危機感を煽る手腕は流石ですよ。「この人はまだ大丈夫だろう」と思っていても、何章か後にはその予想(もしくは期待)は裏切られることになるのです。作者に踊らされっ放しで少々悔しくもありますけれど、面白いから文句ひとつ云えません(笑)。
読み進めるのにかなりの気力を必要とするのに読み始めると続きが気になってどんどん先を急いでしまうのは、構成の巧みさもさることながら、やはりエンタテインメントとしての語りが素晴らしいのでしょうね。陰謀が渦巻く前半部は比較的ゆっくりと読みましたが(そうでないと把握しきれないので)、物語が大きく動きだす後半部は睡眠時間を削って読んでしまいました。特にクライマックスの艦隊の激突と王都での攻防戦は物凄い迫力だったので、手に汗握る展開の決着を見届けないと!とがつがつ貪るようにしてページをめくっておりました。
前巻から提示されている謎に加えて新たな謎も増え、人物関係もより濃密で複雑になっていくもので、飽きさせないどころか正直続きが気になって堪らないです。この巻もまた気になるところで続いてますね。原書で追いかけてしまう方の気持ちもわかりますなぁ。

前巻でも思っておりましたが、エダード公の私生児ジョン・スノウ、同じくエダード公の息女アリアはそれぞれ主役を張れそうな波瀾万丈っぷりです。スターク家の奥方ケイトリンも乱世を聡明に生き抜く女性として大変魅力的に描かれていますが、この巻での彼女の章は非常に気になるところで終っています。うわーこの続きは一体どうなるんだ!!(悲鳴)
ターガリエン家のデーナリスも波瀾万丈っぷりでは負けていませんね。女傑ってタイプでないにも関わらず本当に人生が濃いですよこの人。古代王朝の血を引く最後の姫君で、流浪の身の上になってからは兄にさんざん搾取され、政略結婚させられたと思ったら前作のラストではとんでもないことになっちゃってましたし。彼女を主人公にするだけでも一本の長いシリーズ作品になりそうなのに、あくまで視点人物のひとりに過ぎないってところが凄いと云うか惜しげもないと云うか。大きな物語を創り上げながらも細部を緻密に織り上げていく著者の力量には感服しました。
新しい神“光の主”を始めとして、超自然的なものたちもその存在感を増していっています。
個人的に気になっているのがスターク家の次男ブランと関わりがある「緑視者(グリーンシーアー)」です。戦乱の中心部にあるパートは血腥く現実的な描写が多いのですが、ブランが視点の章では幻想的な雰囲気が漂い、物事の本質を見抜く神秘的な存在が見え隠れしていて、いよいよファンタジー的な部分も本格的に始動していくように思えるので、こちらの方にも大きく期待しています。

王位の行方には一応の決着がつきましたが、野望と造反を背景にして苦悩と困難を背負う登場人物たちの行く末はもう本当にどうなってしまうんでしょうか。実のところ楽しみな気持ちよりも先行きに対する不安の方が大きいですよ……。スターク家の人たちにはなるべく命を落とさないで欲しいんですけども!(切実に)


新たな語り手も加わり、ますます複雑にますます面白くなっていくこのシリーズ、続きは11月から三ヶ月連続刊行されるとのことです。
1巻目から最新巻までを連続して読める絶好のチャンスですので、未読の方はこの機会に是非!

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2006.10.13

かかしと召し使い (フィリップ・プルマン)

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『かかしと召し使い』
フィリップ・プルマン 著 金原瑞人 訳 理論社 刊


「若者よ」かかしはいった。「ひとつ提案があるのだ。見たところ、正直でやる気のある若者のようだな。そして、このわたしは冒険心と才能あるかかしだ。そこで、どうだろう、わたしの召し使いにならないか」
「どんなことをすればいいんですか?」
「わたしとともに世界じゅうをまわるのだ。そして、使い走りをしたり、洗濯をしたり、料理をしたり、そのほかいろんなことで、わたしの役に立ってほしい。かわりに、わたしがあたえられるものは、わくわくぞくぞくする体験と名誉だけだ。ときに食べ物に不自由することはあるかもしれないが、冒険に不自由することは決してないだろう。さあ、若者よ。どうかね?」

(同書 P18より引用)


ひょんなことから命を持ったかかしと彼に仕えることになったジャック少年の冒険譚です。明記はされてませんけど舞台はイタリアでいいのかな。地名や人名がそれっぽいので。
生きたかかしが出てくるなんて、所詮は子供向けの話でしょう?と云うなかれ。そこはそれ、「ライラの冒険」シリーズを書いたフィリップ・プルマンの著作ですんで、児童書でもシニカルな視点を持ちつつユーモアに溢れた楽しい作品となっております。
頭がカブ(後にココナツ)な上に脳みそが豆一粒なので、かなり考えなしで相当おバカちゃんな、でも弱いものを見捨ててておけない騎士道精神に溢れる愛すべき性格であるかかし。そんなかかしの窮地を何度も何度も救う(笑)利発な少年ジャックのやりとりがもう最高なんです。
おバカな主人と賢い召し使いと云えば、P・G・ウッドハウスのジーヴスシリーズを思い出してしまいますが、それに「ピノキオ」とか「ドン・キホーテ」の要素を合わせたような感じと云ったら作品の雰囲気が少しは伝わるでしょうか。微妙に噛み合っていない(と云うより、かかしがジャックの話を全然身を入れて聞いていないのです。注意力散漫街道を爆進してますよかかし卿ってば……)ふたりの会話を読んでいるだけでもうおっかしくって!(笑)
勿論、冒険のエピソードも多彩で愉快。山賊を退治してみたり、俳優になって芝居に参加(乱入?)してみたり、将校になって戦場で果敢に戦ってみたり、無人島漂流で思いもかけない出会いがあったり、果ては毒殺(?)事件に巻き込まれたり、と短いながらも起こる事件は様々で飽きさせません。
特筆すべきはこのかかし、無口で上品なほうき嬢と恋に落ちてしまうんです。情熱的に求愛するシーンはなかなかロマンティックでちょっとうっとりでしたよ~。彼のロマンスは意外な結末を迎えるのですけれど、それは読んでのお楽しみってことで。
そして、冒頭からかかしを追う男チェルコレッリの存在が物語に謎と影とを落としていき、彼とかかしの関わりが明かされる13章以降は陰謀が渦巻いてハラハラしてしまいます。
かかしの持つ「内なる確信」の秘密とは?
スプリング谷は一体誰の手に渡るのか?
裁判で絶体絶命の大ピンチに陥ったかかしをジャックは果たして救えるのか?
謎が謎を呼ぶ展開はそれまでの呑気な空気とはうって変わってサスペンスに満ちております。結末が気になる方はどうぞ本を手に取ってみて下さい~。


なんともおかしな組み合わせのふたりですけれど、 たくさんの冒険を通じて次第に互いを大切な存在として認めあっていく姿には本当にほんわかと心が温まります。ラストの文章と読後感も素晴らしい!
ピーター・ベイリーの挿絵(この方の描く点目キャラクターはとてもラヴリーなんです)にも心和みます。見返しのデザインも可愛くて大好き。
ほのぼのとした優しい気持ちになりたい方と珍道中を見守りたい方(笑)にお薦めしたい作品です。


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