シャルビューク夫人の肖像 (ジェフリー・フォード)
『シャルビューク夫人の肖像』
ジェフリー・フォード 著 田中一江 訳 ランダムハウス講談社 刊
「神話では、死はかならずしも死ぬことではない。多くの場合、それは大きな変化の象徴なんだ。きみは、いま自分がとらわれている肖像画の世界から解放される道を求めているのさ」
(同書 P197より引用)
19世紀末のニューヨーク。
才能ある人気肖像画家ピアンボは両目が白濁した盲目の男に突然声を掛けられる。
ワトキンと名乗った男は主人であるシャルビューク夫人の使いと称し、法外な報酬と引き換えに彼女の肖像を描いてほしいと依頼する。
夫人の家に招かれたピアンボは依頼主から詳しい条件を聴かされるのだが、その条件とは夫人と屏風越しに面会し、声と過去を語る話だけで姿形を想像して肖像画を仕上げなくてはならないという奇妙極まりないものだった。
顔を全く見せない女の肖像をどのようにして描けばよいのかわからないままにピアンボは莫大な報酬と芸術的野心に動かされてその依頼を承諾してしまう。
屏風越しの面会に始めのうちは戸惑っていたものの、ピアンボは彼女が語る生い立ちの不思議さに次第に引き込まれ、謎めいた彼女自身にも興味を抱いていくが、やがて夫人の夫シャルビューク氏に執拗に付け狙われるようになり……。
ごくおおまかに云えば、虚飾の多い肖像画で才能を浪費し続けることに迷いを感じ、裕福な生活と芸術的な向上心との間で揺れ動いているひとりの画家が奇妙な体験を通じて変化していく物語でしょうか。
「ドリアン・グレイの肖像」とある有名な小説(タイトルを挙げると差し支えがあるので伏せますが、ラストのほうまで読めばすぐわかります)を下敷きにしているような印象です。
顔を全く見せない謎の女の肖像を描くという依頼と彼女が語る不思議な話。そこに登場人物たちの様々な挿話が加わって構成されており、真面目と荒唐無稽が入り混じった何とも云い難い味わいを持った作品です。
スフィンクスのような謎かけとシェヘラザードのような語りを操るシャルビューク夫人のイメージはやはりファム・ファタル的なものなのでしょうね。姿を見せないからこそ謎は深まり、その人物への興味はいよいよ増していき、焦がれるように知りたいという気持ちになってしまう。読み手もピアンボと同じようにじらされながらシャルビューク夫人という謎の深みへとはまっていってしまいます。
物語のメインの謎はシャルビューク夫人そのものですが、画家ピアンボは顔も知らない依頼主の肖像を仕上げられるのか、彼を付け狙うシャルビューク氏とその妨害からは逃れられるのか、彼の周りで起きる血の涙を流しながら死に到る奇病の原因は何なのかといった具合に、読者の興味をそそる出来事が散りばめられています。友人のシェンツと共にシャルビューク夫人の素姓を探るあたりはミステリ風でもありますね。
散漫に感じられる部分もないとは云えませんが、実は大筋そのものよりも物語中に差し挟まれるエピソードの方が個人的にはより魅力を感じました。シャルビューク夫人の父親が研究していた結晶言語学、「ある種の汚穢学者」ボーン氏が過去から未来を占う方法、<赤道から来た男>のもたらす怪しげな霊薬などなど、奇妙な物語の中にあるのに相応しいこれまた奇妙な人物たちの様々な言動には興味を惹かれました。
勿論、夫人が語る彼女自身の生い立ちと遍歴や、ピアンボの祖父や父親、師匠のサボットとのやりとりなどメインの登場人物の挿話も魅力的です。一番好きなのは夫人が子供の頃に読んだという、歌手志願の青年ポーが戦場で異形の影に取り憑かれる話の『愉快な仲間』。短いながらも闇と光と雪の結晶のイメージが凝縮されて忘れ難いものがあります。
主人公が画家なので、絵にまつわるエピソードも印象的。サボットの描いた『マンティコアの聖母』や、友人シェンツの描いた絵(ラファエル前派やロマン派を思わせる雰囲気の作品を得意とするようです)はどんな作品なんだろう……と想像をめぐらせてみたり。
19世紀末ってことで、その時代の有名画家の名前がちらほらと出てくるあたりも楽しめました。
とりとめがないような挿話の数々をきっちりと拾って結末に到る手腕はお見事でした。
ラストの「双子」の使い方の美しさと、そのまま一枚の絵になりそうなエピローグの光景が素晴らしかったです。
19世紀末のニューヨークの雰囲気と、幻想文学とミステリとサスペンスとひねりの入ったユーモアが混在しているちょっと変わった美術小説を堪能してみたい方にはお薦めします。



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