エラントリス 鎖された都の物語 (ブランドン・サンダースン)
『エラントリス 鎖(とざ)された都の物語』上・下
ブランドン・サンダースン 著 岩原明子 訳 ハヤカワFT文庫 刊
<シャオド(変身)>により無作為に選ばれた者がその住民となる魔法に満ちた不可思議な都市エラントリス。神々のように崇められる彼らの繁栄は十年前に終焉を迎えた。かつては神々しさと美しさ、そして魔法を与えた<シャオド>は醜さと呪いをもたらし、それに見舞われた者たちは生きた屍とされ、死都となったエラントリスに追放されるのだった。
アレロン王国の皇太子ラオデンにも変容は襲いかかり、王の後継者である身にも関わらず、他の者と同様にエラントリスへ送られる。そこでガラドンという協力者を得たラオデンはエラントリスのあり方を変えるべく奔走し、エラントリスの本質に関わるアオン文字の秘密を探り始める。
ラオデン王子との婚姻を直前に控え、アレロンの地を踏んだテオド王国の王女サレーネは、自分の夫となるべき人物が死んだと告げられるが、政略的な取り決めにより婚姻契約は続行され、ラオデン王子の寡婦としてアレロンに留まることになる。そんな折、アレロンが陥った政治的危機に気付いたサレーネは、フィヨルデン帝国の陰謀を阻止するべく策をめぐらせる。
そして、三ヵ月でアレロンの民をデレス教に改宗させるという密命を帯びてアレロンに入国したフィヨルデン帝国の大主教ホラゼンは、目的の達成を妨害するサレーネ王女の存在を次第に意識せざるを得なくなって行き……。
神秘的な都市が舞台のひとつになっているのと独自の文字(言語)が使われていることで、ダンセイニとトールキンを合わせたような雰囲気の作品かな~と想像して手にとってみましたが、全く違っておりました。否定的な意味ではなく、こういった舞台と道具立てでこんな作品世界を作り上げられることに感心しました。ファンタジーと云うよりも宮廷陰謀劇に政治経済と宗教問題をブレンドして、さらにかつて魔法の力に満ちていた文字と都市の秘密を探る謎解き要素を合わせた複合的な物語と云う印象を受けました。しかもこれがデビュー作とは凄いですね~。
主要な視点を持つ人物は三人。思慮深く大胆な面も持ち合わせるラオデン王子、聡明で政治的な才能にも恵まれたサレーネ王女、用意周到な実務家であるホラゼン大主教。三者三様の思惑と駆け引きがそれぞれのパートで語られることによって、登場人物たちの置かれている複雑な状況が徐々に明らかになっていく手法が面白かったです。ファンタジーに限らず異世界を舞台とする作品では読み手がそこに入り込めるかどうかが重要なポイントになると思います。この作品はラオデン、サレーネ、ホラゼンの各パートをとにかくひとまとまりにして読もうと思わせるつくりになっておりまして、各章を読んでいくごとに謎の答えがわかったり新しい謎が出てきたりと、「この先はどうなるんだろう」と読み手を先へ誘う巧みさも持ち合わせています。
かつては祝福された神々の都と呼べるような場所だったエラントリスが呪われた人々の街に成り下がってしまったのは何故か、エラントリスに放逐されたラオデン王子はそこで何をするのか、会ったこともない夫の未亡人としてアレロン王家で生きることになったサレーネはどのように立ち回るのか、ラオデンとサレーネは出会うことがあるのか、短期間でアレロン市民を改宗させる命を受けたホラゼン大主教の計画は成功するのか、三人のパートはどのように交わるのか、そして朽ちた都で最後に人々が目にするものは何なのか。
読んでいて興味の方向が政治方面の出来事に向かってしまうのもなかなかユニークな作品であると云えましょう。宗教の話が柱のひとつとなっているせいか、改宗か戦争かという選択を迫られるあたりは中世あたりのキリスト教と異端思想や十字軍を連想して、ちょっと西洋歴史小説を読んでいるような気分も味わえました。
大きな問題に関する興味も尽きないのですが、視点を持つ三人の人物の内面描写も勿論読み応えがあります。
皇太子と云う地位に加えて、生来の人柄から来る魅力を持ち合わせたラオデン王子は人々に好かれる恵まれた立場にあるのですが、<シャオド(変身)>でそのすべてを奪われてしまいます。
サレーネ王女は母国ではかなり微妙な立場に置かれ、政略結婚とは云いながらも好感の持てる相手であるラオデンとの婚姻を前にして彼に出会うことなく未亡人としてアレロンで生きていかざるを得ない状況へ追い込まれます。
この物語のヒーローとヒロインであるラオデンとサレーネはそれぞれ逞しくて魅力的なのですが、実は読んでいて一番興味深かったのは大主教の地位にありながら自分の立場について悩むホラゼンでした。ふたりに敵対する立場の彼は始めのうちは達観しているようにみえるものの、物語が進行するにつれて次第に揺らぎや隙を見せるようになってきます。このあたりの描写が信仰者であるホラゼンの人間味を増すことになっていて面白かったです。
三者三様の悩みや苦しみそして孤独感が描かれることによって、国同士に関わる大きな問題だけでなく個人の抱える(個々人にとっては重要な問題ですが)小さな問題にも読者は関わることになり、彼らに対する親近感が増して感情移入がしやすくなり、物語の大筋だけでなく彼らの行く末も追いかけたくなってしまうのではないかと思います。三人とも基本的にどんな時でも前向きに進んでいける人物たちなのですが、彼らが見せる迷いが物語に奥行きを作り出しているように感じられました。
本筋以外で気になることがいくつか残っていますし(デレス教の教王のことやエヴェンテオとキインの確執の真相とか)、この先のことをもっと知りたい気持ちもありますけれど、「鎖(とざ)された都」エラントリスを描いた物語である以上はここで終るのがベストなんでしょうね。未来に明るさが望めるラストで読後感も良かったです。
困難な状況に置かれていてもなお絶望することなく生きていこうとする人々の姿と、彼らを取り巻く社会、そして様々な秘密を隠し持った謎めいた都市をバランス良く書ききった作品だと思います。
ファンタジーとしてよりも、群像劇として面白かったのでそういった作品がお好きな方にはお薦めかな。
あと、橋賢亀さんのイラストがイメージを広げてくれるような素晴しいもので嬉しかったです。




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