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2006.12.31

2006年ベスト本

オンライン書店ビーケーワン:七王国の玉座 1 オンライン書店ビーケーワン:王狼たちの戦旗 上 オンライン書店ビーケーワン:剣嵐の大地 1 オンライン書店ビーケーワン:真実(ヴェリティ)の帰還 上 オンライン書店ビーケーワン:スカラベ オンライン書店ビーケーワン:毒杯の囀り
オンライン書店ビーケーワン:安徳天皇漂海記 オンライン書店ビーケーワン:聚楽 オンライン書店ビーケーワン:アーサー王宮廷物語 1 オンライン書店ビーケーワン:アラビアの夜の種族 1 オンライン書店ビーケーワン:アラビアの夜の種族 2 オンライン書店ビーケーワン:アラビアの夜の種族 3
オンライン書店ビーケーワン:ヴィンランド・サガ 3 オンライン書店ビーケーワン:大奥 2 オンライン書店ビーケーワン:シャンペン・シャワー 第1巻 オンライン書店ビーケーワン:ゆきのはなふる オンライン書店ビーケーワン:リストランテ・パラディーゾ オンライン書店ビーケーワン:Under the rose 4

なんかシリーズ物とか続き物ばかりになってしまってアレなんですが(汗)、今年読んで特に面白かった作品。
順不同。今年発行でないものも含まれています。
記事を作るのだけで精一杯だったので、本年は一言コメントは省略させて戴きますー。
その代わりと云っては何ですが、感想文へのリンクを貼っておきますので興味があれば御覧下さい。
海外作品ではファーシーアと氷と炎の歌、国内では宇月原晴明作品をまとめ読みできたのが収穫だったかな。
歴史ミステリではポール・ドハティが面白かったです。

<海外>

『七王国の玉座』(ジョージ・R・R・マーティン) →感想
『王狼たちの戦旗』(ジョージ・R・R・マーティン) →感想
『剣嵐の大地』(ジョージ・R・R・マーティン) →1巻感想 →2巻感想
『騎士(シヴァルリ)の息子』(ロビン・ホブ) →感想
『帝王(リーガル)の陰謀』(ロビン・ホブ)
『真実(ヴェリティ)の帰還』(ロビン・ホブ)
『オラクル』(キャサリン・フィッシャー) →感想
『アルコン』(キャサリン・フィッシャー) →感想
『スカラベ』(キャサリン・フィッシャー) →感想
『バビロンまでは何マイル』(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ) →感想
『毒杯の囀り』(ポール・ドハティ) →感想
『淑やかな悪夢』(シンシア・アスキス他) →感想
『ウースター家の掟』(P・G・ウッドハウス) →感想


<国内>

『安徳天皇漂海記』(宇月原晴明) →感想
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) →あまり真面目でない感想
『キャメロットの鷹』(ひかわ玲子) →感想
『聖杯の王』(ひかわ玲子) →感想
『最後の戦い』(ひかわ玲子) →感想
『アラビアの夜の種族』(古川日出男) →感想
『喪の女王』(須賀しのぶ) →3巻感想 →4巻感想


<漫画>

『ヴィンランド・サガ』(幸村誠) → 3巻感想
『大奥』(よしながふみ) →2巻感想
『Under the Rose』(船戸明里) →4巻感想
『シャンペン・シャワー』 『ダイヤモンド・ガイ』 (かわみなみ) →感想
『ゆきのはなふる』(わかつきめぐみ) →感想
『リストランテ・パラディーゾ』(オノ・ナツメ) →感想

感想記録を取っていなかったのですが、『チェーザレ』1(惣領冬実)も面白かった! 続きが楽しみです。


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2006.12.28

エラントリス 鎖された都の物語 (ブランドン・サンダースン)

エラントリス 鎖された都の物語〈上〉 画像クリックでamazonへ エラントリス鎖された都の物語 下 画像クリックでamazonへ

『エラントリス 鎖(とざ)された都の物語』上
ブランドン・サンダースン 著 岩原明子 訳 ハヤカワFT文庫 刊


<シャオド(変身)>により無作為に選ばれた者がその住民となる魔法に満ちた不可思議な都市エラントリス。神々のように崇められる彼らの繁栄は十年前に終焉を迎えた。かつては神々しさと美しさ、そして魔法を与えた<シャオド>は醜さと呪いをもたらし、それに見舞われた者たちは生きた屍とされ、死都となったエラントリスに追放されるのだった。
アレロン王国の皇太子ラオデンにも変容は襲いかかり、王の後継者である身にも関わらず、他の者と同様にエラントリスへ送られる。そこでガラドンという協力者を得たラオデンはエラントリスのあり方を変えるべく奔走し、エラントリスの本質に関わるアオン文字の秘密を探り始める。
ラオデン王子との婚姻を直前に控え、アレロンの地を踏んだテオド王国の王女サレーネは、自分の夫となるべき人物が死んだと告げられるが、政略的な取り決めにより婚姻契約は続行され、ラオデン王子の寡婦としてアレロンに留まることになる。そんな折、アレロンが陥った政治的危機に気付いたサレーネは、フィヨルデン帝国の陰謀を阻止するべく策をめぐらせる。
そして、三ヵ月でアレロンの民をデレス教に改宗させるという密命を帯びてアレロンに入国したフィヨルデン帝国の大主教ホラゼンは、目的の達成を妨害するサレーネ王女の存在を次第に意識せざるを得なくなって行き……。


神秘的な都市が舞台のひとつになっているのと独自の文字(言語)が使われていることで、ダンセイニとトールキンを合わせたような雰囲気の作品かな~と想像して手にとってみましたが、全く違っておりました。否定的な意味ではなく、こういった舞台と道具立てでこんな作品世界を作り上げられることに感心しました。ファンタジーと云うよりも宮廷陰謀劇に政治経済と宗教問題をブレンドして、さらにかつて魔法の力に満ちていた文字と都市の秘密を探る謎解き要素を合わせた複合的な物語と云う印象を受けました。しかもこれがデビュー作とは凄いですね~。
主要な視点を持つ人物は三人。思慮深く大胆な面も持ち合わせるラオデン王子、聡明で政治的な才能にも恵まれたサレーネ王女、用意周到な実務家であるホラゼン大主教。三者三様の思惑と駆け引きがそれぞれのパートで語られることによって、登場人物たちの置かれている複雑な状況が徐々に明らかになっていく手法が面白かったです。ファンタジーに限らず異世界を舞台とする作品では読み手がそこに入り込めるかどうかが重要なポイントになると思います。この作品はラオデン、サレーネ、ホラゼンの各パートをとにかくひとまとまりにして読もうと思わせるつくりになっておりまして、各章を読んでいくごとに謎の答えがわかったり新しい謎が出てきたりと、「この先はどうなるんだろう」と読み手を先へ誘う巧みさも持ち合わせています。
かつては祝福された神々の都と呼べるような場所だったエラントリスが呪われた人々の街に成り下がってしまったのは何故か、エラントリスに放逐されたラオデン王子はそこで何をするのか、会ったこともない夫の未亡人としてアレロン王家で生きることになったサレーネはどのように立ち回るのか、ラオデンとサレーネは出会うことがあるのか、短期間でアレロン市民を改宗させる命を受けたホラゼン大主教の計画は成功するのか、三人のパートはどのように交わるのか、そして朽ちた都で最後に人々が目にするものは何なのか。
読んでいて興味の方向が政治方面の出来事に向かってしまうのもなかなかユニークな作品であると云えましょう。宗教の話が柱のひとつとなっているせいか、改宗か戦争かという選択を迫られるあたりは中世あたりのキリスト教と異端思想や十字軍を連想して、ちょっと西洋歴史小説を読んでいるような気分も味わえました。
大きな問題に関する興味も尽きないのですが、視点を持つ三人の人物の内面描写も勿論読み応えがあります。
皇太子と云う地位に加えて、生来の人柄から来る魅力を持ち合わせたラオデン王子は人々に好かれる恵まれた立場にあるのですが、<シャオド(変身)>でそのすべてを奪われてしまいます。
サレーネ王女は母国ではかなり微妙な立場に置かれ、政略結婚とは云いながらも好感の持てる相手であるラオデンとの婚姻を前にして彼に出会うことなく未亡人としてアレロンで生きていかざるを得ない状況へ追い込まれます。
この物語のヒーローとヒロインであるラオデンとサレーネはそれぞれ逞しくて魅力的なのですが、実は読んでいて一番興味深かったのは大主教の地位にありながら自分の立場について悩むホラゼンでした。ふたりに敵対する立場の彼は始めのうちは達観しているようにみえるものの、物語が進行するにつれて次第に揺らぎや隙を見せるようになってきます。このあたりの描写が信仰者であるホラゼンの人間味を増すことになっていて面白かったです。
三者三様の悩みや苦しみそして孤独感が描かれることによって、国同士に関わる大きな問題だけでなく個人の抱える(個々人にとっては重要な問題ですが)小さな問題にも読者は関わることになり、彼らに対する親近感が増して感情移入がしやすくなり、物語の大筋だけでなく彼らの行く末も追いかけたくなってしまうのではないかと思います。三人とも基本的にどんな時でも前向きに進んでいける人物たちなのですが、彼らが見せる迷いが物語に奥行きを作り出しているように感じられました。


本筋以外で気になることがいくつか残っていますし(デレス教の教王のことやエヴェンテオとキインの確執の真相とか)、この先のことをもっと知りたい気持ちもありますけれど、「鎖(とざ)された都」エラントリスを描いた物語である以上はここで終るのがベストなんでしょうね。未来に明るさが望めるラストで読後感も良かったです。
困難な状況に置かれていてもなお絶望することなく生きていこうとする人々の姿と、彼らを取り巻く社会、そして様々な秘密を隠し持った謎めいた都市をバランス良く書ききった作品だと思います。
ファンタジーとしてよりも、群像劇として面白かったのでそういった作品がお好きな方にはお薦めかな。

あと、橋賢亀さんのイラストがイメージを広げてくれるような素晴しいもので嬉しかったです。

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2006.12.25

ウィンキー (クリフォード・チェイス)

ウィンキー 画像クリックでamazonへ

『ウィンキー』
クリフォード・チェイス 著 松本依子 訳 早川書房 刊


ウィンキーはため息をついた。「夢と夢の記憶のなかで、きらわれものは放され、飛び去り、涙を流すかもしれない。すると、小さな音、美しいガラスの破片の音、目の開閉するカチッという音がして、もっと大きな世界がまた開けるだろう──花が開き、クマはその世界に飛び込み、耳を傾け、香りを嗅ぎ、また嗅いで、見て、耳を傾け、その中に飛びこむ──塗り絵帳に描かれたバラ、世界のバラ、希望のバラのなかに。みんなに愛されるもの。目がカチカチッと音をたてて開き、アーチ道を通って陽光のなかへ滑り出ていくように、最初は暗く、つぎに明るくなる。これがいまの、そしてこれまでもずっと、ぼくに与えられた人生です。ありがとう」
(同書 P303~304より引用)


テディベアのウィンキーは、はじめの持ち主だったルースからその子供たちへと受け継がれ、ルースの末息子クリフのものとなるが、彼が成長するにつれてウィンキーは必要とされなくなり、その存在も忘れ去られてしまった。
孤独な時を過ごすうちに自分で動ける力を手に入れたウィンキーは、クリフの元から飛び出して森で暮らし始め、やがて生まれた愛らしい娘ベイビー・ウィンキーと共に森の中の生活の中に幸福を見出すのだが、突然起こった不幸な出来事がふたりを永久に引き裂いてしまう。
悲しみにうちひしがれるウィンキーにさらなる不幸が訪れる。FBIが彼を凶悪な爆弾魔と誤解して逮捕し、そのほかにも様々な冤罪を被せられた挙句に裁判にかけられることになったのだ。公選弁護人として選ばれたのは一度も勝訴の経験が無いなんとも頼りない弁護士のチャールズ・アンウィン。
こうしてテディベアを被告とする前代未聞の奇妙な裁判が始まることになるのだが……。


あらすじだけ読むと、突拍子がないと云うか荒唐無稽そのものな雰囲気の話と思われるかもしれませんが、主人公のウィンキーが寡黙で思索的なので馬鹿馬鹿しい雰囲気はありません。彼の心情描写などは到って真面目で哲学的ですらあります。
むしろ人間たちのほうが愚かしいので読んでいて恥ずかしくなってしまうほど。FBIの捜査官や検事や裁判官がテディベアが爆弾を作ったりテロリズムに加担すると大真面目に考えているあたりは、自分が信じている常識が突然全く通用しなくなる恐怖感に通じるものがあって、滑稽さを通り越して薄ら寒いものを感じざるを得ません。そしてウィンキーの裁判は、中世の異端審問やナチスの裁判を連想させて現代にこのような裁判が行われているとは考えたくない、迫害と云ってもいいような非道なものなんですよ。しかし、現在でも無実の人々を冤罪に陥れるような出来事は実際に起こっているのですよね。その点を考えると風刺小説としてもなかなかのものであるかと。

FBIに拘束されたウィンキーはこれまでの人生(クマ生?)を独房で振り返ります。
このあたりの描写は彼に関わった人々との関係性が綿密に描かれていて、テディベアの目を通して人間社会を眺める視点が興味深かったです。
身に覚えのない(ある筈もない)罪で逮捕され、その出来事で様々な困難を経たウィンキーはさらなる精神的な成長を遂げることになりますが、ぬいぐるみを主人公とした物語で人生についてここまで深く考察された作品を読むのは初めてです。81年にわたる彼の生涯は波乱に満ちていて、たかがぬいぐるみとは云わせないだけの厚みと深みを兼ね備えているのです。
ぬいぐるみ文学と云うと「くまのプーさん」あたりのお気楽で呑気なイメージを持ってしまうので、詩情のある哲学とも希望を追いかける人生(クマ生)讃歌とも云えるこの作品にはかなり新鮮な驚きを感じました。
読む前にはカヴァー写真も本文の写真もちょっと怖かったのですが(笑)、彼の人生がこの風貌を形作ったのだと理解できる読了後にはこの写真がいとおしくなると思います。
法廷劇の部分はもうちょっと短めでも良かったかな。罪状の馬鹿馬鹿しさを際立たせる為かとは思いますけれど、ちょっと冗長な印象を受けました。


なかなか奥深い作品だったので堅苦しいことも書いてしまいましたが、特に難しい話ではありません。孤独や絶望、別れや喪失、自立と成長を描いた小説としても魅力的でした。
クマ好きぬいぐるみ好きの方(あるいは昔好きだった方)には是非御一読戴きたいです。

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2006.12.18

絵小説 (皆川博子)

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『絵小説』
皆川博子 著 宇野亞喜良 画 集英社 刊


 知っている字なのに、娘が書いた一文字をあらためて見ると、<冬>は、たいそう特別な魅力を持って彼を惹きつけた。
 春という字より、夏という字より、秋という字より、冬という字は綺麗だと、彼は思った。他の三つの文字は四角くて、ゆるがない。でも、冬は、菱形をしている。足元が溶け崩れそうにあやうい。冬という字が綺麗なのは、そのせいなのかもしれない。
 北方の海の色は青うございました。あるとき、岩の上に女の人魚が……。彼は、蝋燭を赤く塗る人魚の童話を思い浮かべていた。もうひとつの外国の人魚の話が、彼の幼い思考のなかでは溶けあって、蝋燭に絵を描く人魚、両脚を得る代わりに声を失った人魚は、すなわち目の前の<冬>にほかならなかった。

(同書 P20~21「赤い蝋燭と……」より引用)


皆川氏が選んだ詩をもとに宇野氏が絵を描き、その絵から皆川氏が短篇を書くという、コラボレーションとしてはちょっと変わったもの。詩と絵と小説のコラボレーションなのですね。
収録作品と各作品の源泉となった詩は以下の通り。


「赤い蝋燭と……」(木水彌三郎 「幻冬抄」)
「美しき五月に」 (多田智満子 「風が風を」)
「沼 」(ジャン・コクトオ 「わるさながらも素晴しい」 堀口大學 訳)
「塔」 (吉岡実 「僧侶」)
「キャラバン・サライ 」 (イヴ・ボンヌフォア 「真の名」 宮川淳 訳)
「あれ」(アンリ・ミショー 「怠惰」小海永ニ 訳)


気に入っているのは「赤い蝋燭と……」、「美しき五月に」、「沼」。
特に印象的なものをひとつ挙げるとするならば、「美しき五月に」でしょうか。
常に十五歳までの生しか与えられない少女は時を超えて何度も同じ男に巡りあい、その男に出会ったときにだけ(正確には彼が血を流す姿を見る時にだけ)激烈な悦びを味わいます。時を超えて何度も出会う恋人同士というロマンティックなものではなく、彼女が彼に出会うのは彼が死に向かいつつある時だけ。しかも彼女は愉楽に溺れる罪の意識を忘れられずに(彼との性的な交渉は全くないのですが)何度も十五歳までの生を繰り返す。彼女がこの救いの無い輪廻に落とし込まれた原因や、この関係に終止符が打たれる時は来るのかという疑問は浮かびますが、官能と分かちがたく結びついた血のイメージの鮮烈さは残酷でありながらも(だからこそ)非常に美しいものがありました。


どの作品にも此岸と彼岸の境界(特に海、河、沼、湖などの水際)や死と官能の濃厚なイメージが盛り込まれており、最後の作品「あれ」の影響なのかもしれませんが、通読してみると幻想的な私小説といった趣も感じられます。著者の殆どの作品がそうであるように、著者が親しんできた文学や美術に対するオマージュとしても楽しめるかと。

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2006.12.15

剣嵐の大地2 氷と炎の歌3 (ジョージ・R・R・マーティン)

剣嵐の大地〈2〉―氷と炎の歌〈3〉 画像クリックでamazonへ

『剣嵐の大地 2 氷と炎の歌3』
ジョージ・R.R.マーティン 著 岡部 宏之 訳 早川書房 刊

「ジエイム」ブリエンヌがささやいた。夢の中で聞いたと思われるほどかすかに。「ジェイム、何をしているの?」
「死にかけている」かれはささやき返した。
「だめ」彼女はいった。「だめよ、生きなくては」
 かれは笑いたくなった。「おれに指図をするな、あまっ子。死にたいと思えば死ぬんだ」
「そんなに臆病者なの?」
 この言葉はかれにショックを与えた。自分はジェイム・ラニスターであり、近衛騎士の一員であり、キングスレイヤーだ。いまだかつて、だれも自分を臆病者と呼んだやつはいない。そう、他の呼び方はした──破戒者、嘘つき、人殺しなどと。人々はかれを残酷で、不忠で、無責任だと呼んだ。しかし、臆病者とは決していわなかった。「死ぬ以外に、他に何ができる?」

(同書 P43より引用)


前巻までの内容に触れている箇所がありますので未読の方は御注意下さい。

「剣嵐の大地」全3巻のうちの2巻目。
前巻の内容に触れずにあらすじを書くことが不可能なので今回は省略致します。
1・2巻と読み進めてきたのだからわかっていても良さそうなものなのですが、このシリーズを読むに当たって登場人物たちに過剰な思い入れを持つことはいい加減やめておいた方がいいなというのが読後の率直な感想でしょうか。いやもう、この巻でのクライマックスでの目を覆いたくなるような凄惨な光景には凄まじいダメージを喰らいましたよ(号泣)。この作品への没入は大変危険であると云えましょう……。
情容赦の無い筆致が魅力の作品とは云え、常に読者の予想の上のそのまた上を行く苛酷さなので、去っていった人たちのことは勿論、残された人物の行く末を考えると暗澹たる気持ちになってしまいます。巻が進むにつれてどんどん辛さが増していっているような(落涙)。
しかも、思い入れを持つのをやめて読もうとしたところで、視点を持つ人物にはどうしたっていくらかは感情移入してしまうんですよね。『七王国の玉座』の時点では感情移入することなど不可能だと思っていたジェイムに対しても情が湧いてきてしまいました。ジェイムが「王殺し(キングスレイヤー)」の異名を取ることになった経緯には彼ばかりを責められない事情があり、ブリエンヌとのやりとりでは人間味のある部分もたくさん見せてもらいました。引用部分も印象に残っていますが、「お前の夢を見たんだよ」ってな台詞を吐くに到る過程の描写も良かったです。持って生まれた性格のせいか口は減らないんですが(笑)、憎めない部分もあるしなぁなどと思ってしまうのがすべて作者の術中に嵌った結果なのでしょう。
長い話を魅力のない人物を追いかけて読み進めるのは無理ですし、かと云って感情移入しすぎるとこっちが辛い……こんな風に悩みながら読むのも物語を楽しむ醍醐味のひとつなんでしょうか。だとすれば、その味はあまりに苦いものだと痛感せざるを得ません。
元から好感情を抱いていた人物には感情移入しっぱなしなのですけれど、スターク家の人々に関しては彼らが困難に直面する度に重苦しい気持ちになっておりました。戦乱の世の常とは云え、何もここまで悲惨な目に合わなくてもいいじゃないか!と云いたくもなってしまいます。
タマネギ騎士ことダヴォス・シーワースには『王狼たちの戦旗』から好感を持っていました。裏切りに満ちた七王国の中で愚直なまでに自分の立ち位置を貫こうとする彼のゆるぎのなさには周りの人々が怪しげなだけにいっそうの清々しさを感じます。「光の主」の信奉者が取り巻く王の側近中でその教義に疑いを差し挟むことができて、王の良心に訴えかける言葉を口にできる彼は忠臣と呼ばれるに相応しい人物なのですが、それ故に周囲からは孤立し、他の視点人物同様危うい立場に置かれています。そんなダヴォスがスタンニス王から賜るものは死かそれとも……という展開にもやっぱりハラハラしてしまいました。3巻目では一体どうなってしまうのか。

タイウィン公を中心とするラニスター家の勢力はますます強大になってはいますけれど、彼らがこのまま安泰である保障はどこにもありませんし、混乱の極みにあるスターク家やグレイジョイ家がこれからどうなるのかも気になります。印象的な人物が多いティレル家の巻き返しはあるのかどうかも楽しみなところです。ラニスター家に先手を打たれて黙っているような家風ではないように思えますので。


物語中の現在と過去の関わりも徐々に明かされつつ各パートの関わりもいよいよ緊密になり、『剣嵐の大地』の最終巻である3巻目はおそらく一冊まるごとクライマックス続きの展開で一気読みしてしまうと思われます。来月の刊行までに気力体力を充実させておかなくては。
正直、3巻まとめて読んだら体が持たなかったかもしれません。個人的には3ヶ月連続刊行で良かったかも。
相変わらず先は気になって堪らないのですが、3巻目の結末を知るのが恐ろしいような気もしております……。


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2006.12.10

サンキュー、ジーヴス (P・G・ウッドハウス)

サンキュー、ジーヴス 画像クリックでamazonへ

『サンキュー、ジーヴス』
P・G・ウッドハウス 著 森村たまき 訳 国書刊行会 刊


「うむ、わかった」僕は言った。「来るんだ、ジーヴス。案内してもらう用意はできた」
「かしこまりました。ひとつ愚見を申し上げることをお許しいただけますでしょうか?」
「ああ、ジーヴス」
「これはあなた様がこれまでなさった如何なる行為よりも、はるかに貴いなされようでございます」
「ありがとう、ジーヴス」
 前にも言ったとおり、こういうことをジーヴスほどうまく言い表せる奴はいない。

(同書 P342より引用)


国書刊行会版ジーヴス6冊目。
バンジョレレ(バンジョーとウクレレが合わさったような楽器だそうな)を入手し、ウキウキ気分で練習に励むバーティ。ところが御近所からは大苦情が寄せられ、ジーヴスからは三行半を突きつけられ 辞職を申し渡される始末。それでも愛しのバンジョレレ(笑)と離れられないバーティはロンドンを出て、田舎に住む友人チャッフィー(第五代マーマデューク・チャフネル男爵)のコテージを借り受けて楽器の鍛錬に励もうとするものの、例によって例の如くドタバタに巻き込まれて……ってな話ですよ(どんなまとめ方か)。
チャッフィーとポーリーン、サー・ロデリック・グロソップとチャッフィーの伯母第四代チャフネル男爵未亡人のレディー・マートル・チャフネルの二組のカップルの恋模様に、チャッフィーの所有するチャフネル・ホールの売却問題、やんちゃなお坊ちゃま方(※婉曲表現)ドゥワイトとシーベリーの諍い、ちょっとイっちゃってる後釜執事ブリンクレイのかなり危ない行動、巡査たちとバーティの熱きバトル(つっくづく警察官とは相性最悪だよなバーティ。笑)、拉致監禁と黒人ミンストレル、などなど数々の波瀾万丈を経て、バーティとジーヴスは果たして元の関係に戻れるのか?とハラハラドキドキを楽しみましたよー。
訳者あとがきにもありましたが、今回はメロドラマティックな展開でしたね。読みながら「んもう、バーティってば本当に素直じゃないんだから! バンジョレレなんてさっさと処分しちゃってジーヴスに謝って戻って来て貰いなさいよ! じれったいなぁもう!!」とかぶつぶつ云いながら展開を追いかけてしまうところなんか本当に昼メロを観ているような気分になりましたよ……(アホですか)。
そして昼メロ要素をよりいっそう際立たせているのが(どっちかと云うとこっちの方がメインか)、 貧乏英国貴族のチャッフィーとアメリカ人大富豪の娘ポーリーンのロマンスですね。非常にベタですが、アホが絡むと話がややこしくなって非常に愉快です。
それにしても今回のヒロイン(?)ポーリーン嬢は策略の一環とは云え、バーティにがっつり抱きしめられてキスされたり、バーティのベッドではなんとパジャマ姿を披露したりと、なかなかに色っぽい展開に身を置いております。しかも元婚約者だなんて読者としてもちょっと心穏やかではいられません。
おまけにポーリーン嬢、「あなたには、何ていうか、頭のくるくるしたアヒルちゃんみたいな可愛らしさがあるのよ。もしあたしがマーマデュークに夢中でなかったら、あたしあなたといくらだって結婚できてよ、バーティ」(P106)なんて台詞まで口にしますし。まずい! これはバーティの独身生活の最大の危機か? もしかして万が一いや億に一彼女とくっついちゃったらどうしよう……と微妙な危機感を抱く羽目になりました(笑)。

忘れてはならない今回最大の感動ポイントと云えば、天敵だったサー・ロデリックがバーティとある種の共感関係に到る場面でしょうか。全く相容れない仲だったふたりの間に芽生えた奇妙な友情(?)の詳細については本文を参照して戴きたいのですが、決して理解し合えないだろうと思われていた者同士でも苦境に立たされることによって互いを思いやることができるようになるんですね。和解と平和と友情って素晴らしい! 本当に素晴らしいですよね!(半笑い)
クライマックスでは「ウースター家の掟」の精神に則って泥をかぶる 高貴なる振る舞いを見せてくれました。やっぱりバーティはこうでなくては(酷)。


そんなこんなで今回も楽しませてもらいましたが、国書刊行会版ジーヴスも次回配本でいよいよおしまいなのですね。まだ訳されていない長篇があるのでかなり残念ですー。
全7冊って半端だから(そうか?)、キリの良いところで10冊とかにならないかな~と思ってみたりして。続刊刊行を激しく希望です。


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2006.12.05

蜘蛛の巣 (ピーター・トレメイン)

蜘蛛の巣(上) 画像クリックでamazonへ 蜘蛛の巣(下) 画像クリックでamazonへ

『蜘蛛の巣』上
ピーター・トレメイン 著 甲斐萬里江 訳 創元推理文庫 刊

「全く、それがブレホン〔裁判官〕の論法ってもんですかね、尼僧殿? もし喉を引き裂かれた羊を発見して、その死骸のそばに口のまわりを血だらけにした狼がおったら、こりゃこの狼の仕業だと考えますわな。それが理屈じゃありませんかね?」
「理にかなった考え方ですね」と、彼女は同意した。「でも、それだけでは、狼の仕業だという確固たる証拠とはなりません」
 ダバーンは、承服しかねて、頭を振った。
「一体、何を探そうと……」
「私は、真実を探し出そうと努めているのです」フィデルマは、ぴしりと彼の言葉をさえぎった。「それが、私の唯一の目的です」

(上巻 P155~156より引用)


7世紀半ばのアイルランド。
小さいながらも豊かなアラグリンの谷を領地に持つ族長エベルが殺された。死体の傍には血塗れの刃物を持った若者モーエンがおり、氏族内に彼の犯行を疑う者は誰一人としていなかった。
しかし、族長の妻の要請でこの地に赴いた裁判官(ブレホン)である修道女フェデルマは、モーエンの身体的な障害を知り、彼を犯人と断定することを拒む。
フェデルマは同行したエイダルフ修道士と共に独自の調査を開始するのだが……。


修道女フェデルマシリーズの第一弾。
原書では五作目にあたるそうですが、邦訳の紹介としては一作目になります(ちょっとややこしい……)。
昨年読んだ『アイルランド幻想』(→感想)で紹介されていて、いつ翻訳されるかなーと楽しみにしていた作品だったので、日本語で読めて本当に嬉しいです!
そんなこんなで邦訳の刊行を非常に楽しみにしていたのですが、のっけから訳文について文句めいたことをひとつ書いてしまいます(すみません)。
『アイルランド幻想』の時も思ったのですが、ゲール語の単語を太字にするのは物語に没頭できなくてちょっと苦手なんです。訳注がたくさんあるのは気にならないのですけれど、この太字にだけはやっぱり馴染めないです。いえ、気にならない方も勿論おいででしょうし、わかりやすくて好きだと感じている方もいらっしゃると思います。でも個人的にこの表記方法は読んでいていちいちゲール語の単語にひっかかってしまってちとつらいです……(何様なのか)。
それから訳注についてどうしても我慢できないことがありました。シリーズの初紹介作品ってことで、訳者の方もだいぶ力を入れて詳細な訳注をつけて下さっていて、ひとつひとつがアイルランドやキリスト教に関してとても為になる知識的な読み物として面白かったのですが、下巻の注に未訳作品の内容(展開)に触れるような「余談」が入っていたのはいただけませんでした。作中のエピソードの補足的な説明になると云えばそうかもしれないのですが、この本で初めてシリーズと出会った読者にとってフェアじゃないのではないかと感じてしまいました。その辺の配慮を期待するのは贅沢なんでしょうかねぇ。個人的には未読の作品に関してはあまりたくさんの情報を仕入れたくないので、こういう風に書かれてしまうと楽しみがそがれてしまってがっかりしてしまいます。

内容に関しては殆ど文句なしに面白かったです。7世紀半ばのアイルランドの歴史的背景と主人公フィデルマたちが置かれている立場のせいか、説明的な記述がかなり多いのが気になると云えば気になるのですが、これはおそらく英米の読者にもあまり馴染みのない世界を舞台にしている為で仕方のないことなのかな。前半はややひっかかりを覚えながら読んでいましたけれど、後半になると慣れてきますし、この舞台の細部を楽しむ為に必要な部分なのでしょうね。
ミステリとしてもテンポが良くて、どこかしら疑わしい所を持つ登場人物たちと彼らの持つ秘密と思惑、土地にまつわる謎、山場となる他人との意思の疎通が不可能に思われる容疑者の青年との交流の方法、そして真犯人は?との様々な疑問を散りばめつつ、知的な要素やアクション要素もあって展開に飽きがこない為、どんどん読み進めてしまいます。
登場人物も勿論魅力的です。探偵役のフィデルマは王の妹という血筋の良さを持ち、頭脳明晰で有能な裁判官(弁護士)でもあります。ただ理が勝ちすぎる人物なので、ちょっと居丈高にも見えてしまってとっつきにくいんですね。
そんな彼女の助手の役割を務めるのがエイダルフ修道士なのですが、この人のポジションが良いんですよ!
作中では実際的な人物などと評されていますが、これは柔軟な思考を持って行動ができるということですし、サクソン人でありながらアイルランドの歴史や文化を吸収しようとする姿勢も好ましいです。
フィデルマのサポートにしても引くべきところは引きつつ、自分の意見を口にすべきところでは彼女をきちんとたしなめられるのですよ。時折おマヌケだったりもしますが(笑)、フィデルマとのコンビで見ると欠点というより読者にとっての和みポイントになるのではないかなぁ。エイダルフ修道士が間の抜けた発言をして、フィデルマに睨まれたりするシーンには思わず笑いがこぼれてしまいます。典型的クールビューティのフィデルマも彼と話している時は女性として魅力的な表情を覗かせてくれるのも素敵。
このふたりの関係の変化を見守るのもシリーズを読む楽しみのひとつに数えられるでしょうが、まずはふたりの出会いが描かれる一作目を読みたいです~。この巻では既にふたりの間には信頼感と友情(プラスほんのり恋愛感情?)が確立してしまっているので、ここに到るまでのそもそもの馴れ初めが非常に気になっておりますよ。
今回は名前だけしか登場しませんでしたが、フィデルマの兄コルグー王にも早くお会いしたいのでシリーズが順調に訳されることを期待しています。


時代ミステリ好きの方もですが、アイルランドやキリスト教文化(ローマ教会とケルト系キリスト教会の違いや異教の名残りとか)に興味のある方には楽しめるシリーズだと思いますので、どうぞお手にとってみて下さい。


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