白い果実(ジェフリー・フォード)
『白い果実』
ジェフリー・フォード 著 山尾悠子・金原瑞人・谷垣暁美 訳 国書刊行会 刊
「──閣下、地上の楽園とはこの広大な世界の中にただひとつ存在する、自然が全く誤りを犯さなかった小さな場所です。それは神が生きながら埋められる前に創造した、最後にして最高の作品です。それは全ての罪と全ての栄光を受け入れ、それらを少しずつ永遠に変えていく場所です」
(同書 P55より引用)
独裁者ドラクトン・ビロウの脳内で構築されたイメージを具現化した理想形態都市(ウェルビルトシティ)では、人間の容貌からその本質を見抜く観相学を修めた者に権力が与えられる。
一級観相官であるクレイは、ビロウから北方の属領(テリトリー)アナマソビアで起こった<白い果実>の盗難事件の調査を命じられる。それはこの世の楽園で実り、その果実を食べた者は永遠の命を得ると云われているものだった。
犯人を見つけ出すのは簡単なように思われたが、クレイはあることがきっかけで観相学の能力と知識を全て失くし窮地に陥る。己の保身の為に能力の喪失を隠した彼は、現地で助手として雇った鉱夫の孫娘アーラに捜査を託さざるを得なくなってしまう。
独学で観相学を修めたアーラは果実を盗んだ犯人を見抜くのだが……。
主人公のクレイは登場時点では独裁者の側にいる人物なので、かなり傲慢で鼻持ちならない人物なのですが、境遇が激変した途端に善意の人物のように描かれたのには違和感がありました。理想形態都市(ウェルビルトシティ)でビロウの影響を強く受けていたせいで、都市においては本来のひととなりとは違った人物にならざるを得なくなってしまったのだとは思いますけれど、彼の変化は些か唐突なような気がします。
などと少しばかり引っ掛かる点はあったものの、著者の得意とする幻想的な雰囲気は素晴しかったです。
独裁者の考えた都市が現実となった理想形態都市(ウェルビルトシティ)とそれを支える属領(テリトリー)、美薬と云う名を持つ麻薬が紡ぎ出す悪夢めいた幻覚、<甘き薔薇色の耳(ローズ・イアー・スイート)>という名の酒がもたらす酩酊感、それを食したものは不死身になれると云われている果実の行方、辺境の教会に祀られる<旅人>の木乃伊、鉱物化していく鉱夫たち、硫黄採掘場の囚人となったクレイの昼と夜それぞれを監視する双子のマターズ伍長、アーラが祖父から聞いた探検の話をまとめた『この世の楽園への不思議な旅の断片』での緑人モイサックと鉱夫ビ-トンの物語、偽楽園を封じ込めた<孵化しようとしている卵>。
謎めいて奇妙なイメージ群が作中の現実と結ばれていく過程が著者ならではの筆で綴られ、主人公クレイの立場も二転三転し、独裁者であるビロウとの関係もその都度変化していきます。
硬質な手ごたえの幻想文学を想像していましたが、とにかく先を知りたくなってしまうエンタテインメント性が充分に備わっているので、設定から受ける印象とは違ってとっつきにくさのようなものは感じませんでした。実はもっと小難しい感じかと思い込んでいて、かなり読みやすかったことに逆に驚いたくらいです。
ラストはちょっと肩すかしと云うか物足りなさを感じたのですが、三部作の一冊目である以上は仕方のないことでしょうね。これから先の展開でクレイを待ち受けているのは何か、ビロウはどうなっているのか、観相学の持つ意味は、そしてアーラの残した謎は……と物語の続きへの興味は尽きません。続く『記憶の書』はこの物語の8年後から始まるそうで、またしても奇妙なイメージが溢れる世界が語られることになるのでしょう。
『シャルビューク夫人の肖像』(→感想)でもそうでしたが、フォードの描く女性は謎を抱えている故に非常に魅力的です。こういった風に女性を描けるのは著者が常に女性に対する尽きせぬ謎を感じているからなのだろうかと考えてみたり。










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