アナンシの血脈 (ニール・ゲイマン)
『アナンシの血脈』上・下
ニール・ゲイマン 著 金原瑞人 訳 角川書店 刊
ほとんど何でもそうだけれど、これもやっぱり歌ではじまった。
聖書にもあるように、まず言葉があった、というわけで、その言葉はメロディーにのってやってきた。こうして世界は生まれ、空が分かたれ、大地が、星が、夢が、小さな神々が、動物が生まれた。
みんな歌をもらった。
強い動物が歌をもらってこの世にあらわれた。しかしその前の歌い手は、惑星や、丘や、木々や、海や、弱い動物の歌を歌い終えていた。存在のはじまりにあたる崖の歌が歌われ、狩り場の歌、そして闇の歌が歌われた。
歌は残る。ずっとつづく。皇帝をけちな道化にしたり、王朝を終らせることだってできる。歌は、ある出来事が終ってからもつづく。関わった人々が、ちりとなり、夢となり、消えてしまってからも。それが歌の力だ。
(同書 P5~6より引用)
チャーリー・ナンシーは昔から父親に悩まされていた。とにかく父親に関わる思い出はろくでもないものばかり。女好きで女性からも好かれ、ちょっとしたものから手の込んだものまでいたずらで人をからかうのが大好き、死に瀕していた母親の元にジャズバンドを連れて現れる非常識さまで持ち合わせているような人物なのだ。できれば関わりあいたくないチャーリーの気持ちをよそに、婚約者のロージーは是非結婚式に招待したいと主張する。居所のわからない父親と連絡を取ろうと両親の旧友ミセス・ヒグラーに電話をかけたチャーリーは、彼女の口から父親が死んだことを聞かされる。
父親の葬儀に出席する為にロンドンからフロリダに飛んだチャーリーは、葬式の後にミセス・ヒグラーからとんでもない事実を告げられる。「あんたの父さんは、神さまだったんだ」と。おまけに今までその存在すら知らなかったきょうだいまでいるというのだ。
そして、「彼に会いたいならクモにそう伝えるといい」とのミセス・ヒグラーの言葉に酒を飲んだ勢いで半信半疑ながら従ったチャーリーのもとに、神の血を多く受け継いだきょうだいスパイダーが現れたことから、平凡ながらも平和だったチャーリーの生活は一変してしまう……。
アナンシというのは西アフリカの神話に出てくるクモの神のことだそうです。
アフリカ神話に馴染みがないものでこの神については知らなかったのですが、訳者あとがきによれば、「クモでありクモ男であり神様でもある」そうで、トリックスターとしての役割を持っているとのこと。
その血を受け継いだふたりの息子たち、チャーリーとスパイダーが出会ったことで始まるのがこの物語。父と子の関係にふたりの青年の成長、サスペンスとロマンスと異世界での冒険がまとまった作品と云ったところでしょうか。
なんとなく呪術的なおどろおどろしい雰囲気を予想していたのですけれど、アナンシという神がタイトルに鎮座しているせいなのか、不気味な部分がありながらも思った以上にユーモラスな話でした。個人的には神話的な部分にはもうちょっと重厚さが欲しいようにも感じましたが、アナンシの持つ軽やかさが物語にも反映されていたってことで、こういう雰囲気の物語になったんでしょうね。
会話が多くて話のテンポも速いのでさくさくと読めて(これは訳文の読みやすさも一役買っていると思います)、映像的な文章なので映画やドラマにしても面白そう。
いまちぱっとしないと云うか冴えない感じのチャーリーと、神の血のおかげで何に関しても不自由がなく気ままな暮らしを楽しんでいるスパイダー。この正反対のふたりと彼らの関係の変化を軸として物語は進んでいくのですが、歌(あるいは物語)が世界を構築する要素だと語る神話(民話)的な部分が現代社会のパートに組み込まれていって互いが結ばれていく手法が巧みで、現代で起きる横領事件と殺人事件、チャーリーと鳥女の契約とそこに隠された罠とが絡み合い、ふたつ世界の関わりはこれからどうなっていくんだろう?とどんどんページをめくらされてしまう語りはお見事でした。ただ、対照的な「きょうだい」であるチャーリーとスパイダーをはじめとして、キャラクターの役割分担が割合はっきりしている為か、そういった面での意外さや驚きは少なかったようにも思えます。特にグレアム・コーツの造形はちょっと物足りなかったかな。
リヴィングストン夫人ことメイヴの活躍は予想外でしたが(笑)。あの立場にあってあそこまでの気概を見せるってのは、若い頃もさぞかし魅力的だったのでしょうなぁ……。
まぁ、何だかんだ云ってちゃっかり美味しいところを持っていっているのはアナンシだなぁと感じました。やっぱりトリックスターを中心に据えた物語なんですねぇ。
はじめのほうに出てくる大統領の話と人魚を探すエピソードがラストシーンで変奏のように使われていて、父子の関係を印象深いものにしていました。読後感も良かったです。




Comments
とりあえずまだ上巻だけなんですが、独特の世界が魅力的で、主人公のチャーリーのキャラが情けない感じが身近に感じました。
Posted by: タウム | 2008.01.16 at 10:39 AM