チャリオンの影 (ロイス・マクマスター・ビジョルド)
『チャリオンの影』上・下
ロイス・マクマスター・ビジョルド 著 鍛冶靖子 訳 創元推理文庫 刊
戦の果てに奴隷として酷使された生活から解放され、精神的にも肉体的にも疲弊したカザリルはやっとの思いで故国チャリオンへと帰り着く。
以前小姓として仕えていたバオシアの藩妃を頼ったカザリルは、藩妃の孫娘でありチャリオン国主オリコの妹イセーレの教育係兼家令の仕事を任される。知性と活発さを合わせ持つイセーレは今までに何人もの教師を追い出していたのだが、カザリルの力量を認め、次第に彼を信頼していく。
自分の仕事に満足する間もなく、イセーレと弟テイデス国子の元に国主である異母兄から宮廷への招きの報せが届き、カザリルも共に都へと向かう。そこでは国主は飾りに過ぎず、政治の実権はジロナル宰相とその弟に握られており、自分たちの権力をさらに強大にしようと目論む兄弟は国姫イセーレを掌中に収めようとしていた。
ジロナル兄弟の陰謀を阻もうとしたカザリルは神の恩寵と魔の呪いを同時に受ける身となり、チャリオン王家を取り巻く呪詛に関わることになるのだが……。
主人公カザリルは尾羽打ち枯らして戦から帰還した35歳の元騎士。
奴隷生活のせいで肉体的には勿論精神的にもかなりのダメージを受けた為、登場時点ではかなりくたびれた感はございますが、実はこの人思慮深くて有能で高潔なんですよね。 元気と才気を有り余らせているお姫様の教育係の責務は名実共にきちんとこなしているし、自分の能力をひけらかさない謙虚さのせいで声高には語らないんですけれど、親友パリアル郡侯によれば過去の仕事振りもなかなかのものだった様子。それなのに控えめを通り越して些か卑屈寄りの低い自己評価になってしまうのは苛酷な奴隷生活のせいなのでしょう。痛ましいなぁ。
しかし、こういった人物って脇に回って控えめながらも存在感を発揮するタイプと云う気がするので、主役を張るのって結構珍しいのではなかろうかと感じました。
そんな彼を中心に、頭の回転の速さに見合った分だけ無茶もやらかす大変に行動的な16歳の姫君イセーレ(作中での成長振りは素晴しいです!)、彼女の腹心の友にして女官のベトリスの存在が物語に華やかさを出しています。19歳のベトリスはカザリルの想い人でもあるのですが、彼は年の差と自信の無さから想いを伝えることをためらっています。そのあたりの及び腰な部分がもどかしいながらも読む楽しみのひとつかもしれません。
登場人物たちは勿論なのですが、何と云っても舞台となるチャリオンを中心としたイブラ半島の三国(チャリオン、イブラ、ブラジャル)で信仰されている五神教の設定が魅力的です。
姫神、母神、御子神、父神、庶子神の五柱の神々にはそれぞれの役割があり、作中の儀式の中でその一端が見られるこれらの信仰は人々の生活に密着しています。神学的な部分をもっと知りたくなってしまうほど興味深いものでした。
神々は人間を通じてしか人の世に介入できませんが、神の力を得たからと云って何もかも上手く行くようでは人間たちの物語として面白くありません。今回の主役たるカザリルも神々の力に振り回されながら、その中で意志的に動いていく姿に思わず声援を送りたくなってしまいます。でも、神々の手に触れられた人々の姿を見ていると、大いなる存在の祝福ってのは小さき存在である人の身には持て余すようなものなんではないかとも考えてしまいますねぇ……。
彼の健闘と奮闘は果たしてイセーレとチャリオンを救えるのか、そして恋の行方は?と色々やきもきさせられながら、最後の最後までハラハラドキドキを楽しませてくれるサーヴィスの良い作品です。
この話はここで綺麗にまとまってはおりますが、続刊は本作から三年後を舞台としてイセーレ姫の母君イスタ様をメインにしたお話になるのだとのことなので非常に楽しみです!
今回の登場人物たちを取り巻く状況はどのように変化しているのでしょう。
あと、ダリスの物語は語られることがあるのでしょうか。彼とウメガトの過去についても色々知りたいです。




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