キングとジョーカー (ピーター・ディキンスン)
『キングとジョーカー』
ピーター・ディキンスン 著 斎藤 数衛 訳 扶桑社ミステリー 刊
「どっちだっていいじゃないか。この国には歴史がないの。何人の王が暗殺されたと思う? 一人よ! しかも委員会の手でね。つまり、この国の王様たちは、この国にとってなんの意味もない、ただ、のぞき眼鏡で見せるショーにすぎないということは明らかね。まじめな話、かわいいみそさざいちゃん、わたしのお義父さまの、あの言後道断なビクター王が若くして亡くなったとしてごらん──あやうくそうなるところだったんだけどね。わたしのお義母さまのメアリー女王がジョージ・ヨークと結婚したとしてごらん。彼は密かにとても好きだったんだよ──ただあまりに英国人だったもんだから、それを表に出せなかったの。いいかい、そうなったとすれば、おまえは今の家族とはまったく別の王室一家の中にいたはずよ。それでも、そのほかのことがほんのちょっぴりでも違っていたとお思いかい? へん!」
(同書 P144より引用)
現実とは異なる家系を辿った20世紀の英国王室。
王女ルイーズはある朝、父の国王と母の王妃、そして王妃の秘書ナニーの間にある秘密に突然気付いてしまう。その驚きも覚めやらぬ間に朝食の席ではとんでもない騒動が起きた。食卓にあがる筈のハムの代わりにがま蛙が皿の上に乗っていたのだ。
この事件を皮切りにいたずら者=ジョーカーの手で王室内で次々と事件が起こされる。ジョーカーの他愛もない悪戯は次第にエスカレートして行き、とうとう殺人事件までが起こってしまう。
自身も事件に巻き込まれたルイーズ王女は、謎を探るうちに王家の重大な秘密に直面することとなり……。
架空の英国王室(歴史改変英国王室となるんでしょうか。本来はエリザベス2世の治世であるところがビクター2世の治世となっています。エドワード7世の跡を継いだのが実際の史実では早世したクラレンス公という設定で、史実ではジョージ5世と結婚したメアリー・オブ・テックはもともとの婚約者であるクラレンス公と結婚することになり、その後の家系図も書き変えられています。文で説明するとたいへんややこしくなるので詳しくは本書に掲載されている系図を参照して下さい……)の中で起きる事件を主に王女ルイーズの視点から描いた作品。
王室という閉じられた空間でどのような生活が営まれているかという読者の野次馬根性を満足させながら、ちょっとしたいたずらが殺人にまで発展していく過程をも追う構成になっています。
王室とそれにまつわる人物関係については救いようのないどろどろした愛憎を想像していましたが、そのあたりは思っていたよりも淡白な印象でした。
ミステリとしてよりも、ルイーズの精神的な成長や変則的な家族小説の部分、王室に長年仕えている乳母ダーディが抱えている様々な秘密の方が読んでいて面白かったです。
ダーディは王室の殆どの子供を育ててきただけあって、彼女の人生は王室の内奥に深く関っているのですが、その彼女にも他人に隠していた秘密があり、彼女が回想していく過去の中から現在へ続く因果が少しずつ浮かび上がり、殺人事件との関連も明らかになって行きます。
少女から大人の女性へと変化していくルイーズの成長が表で物語を動かしていくのだとするなら、死に向かいつつあるダーディは過去を回想することで物語を裏から動かしていきます。王室の秘密に深い関わりを持つという共通点もありながら対照的な存在でもあるこのふたりは文字通り物語の鍵を握る人物たちです。
王室で起きた殺人事件は、そこが抱える特殊さ故に難しい事件になってしまいますが、事情がわかってみればあまり複雑なものではないので、ミステリとしては割合オーソドックスなものだと思います(原書の発表年代が1976年であることを考えれば当然かもしれませんが)。
器(舞台)は変わっているけれど、盛り付けられている料理(謎そのもの)は正統派といった感じのミステリかと。
ビクター2世が戦争中に疎開しなかったというエピソードはジョージ6世のものを踏襲しているのかな?などと、個人的には大筋よりも細部を味わうのが楽しい作品でした。



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