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2007.05.31

廃帝綺譚 (宇月原晴明)

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『廃帝綺譚』
宇月原晴明 著 中央公論新社 刊


「見よ、日が沈む」
 しきりに皇帝の最後の言葉が思い出された。
 この漆黒の闇の中、崇禎帝の目には、いままさに大地に没しようとする落日の光輪が見えたのだろうか。
 もしそうなら、自分も同じ紅の落陽を見たい。
 そう王承恩は心の底から思った。

(同書 P157  「禁城落陽」より引用)


「北帰茫茫──元朝篇」
「南海彷徨──明初篇」
「禁城落陽──明末篇」
「大海絶歌──隠岐篇」
の四篇を収録。


『安徳天皇漂海記』〔→感想)の残照であり残響でもある「海」をめぐる物語集でしょうか。
前作ほどの強烈な幻想的インパクトはありませんでしたが、王朝の興亡の狭間での人々の哀切さが静かに胸に満ちてくるような作品集で、波の音を通奏低音にしているような、読みながら自分も遠い波の音を感じているような気分になりました。

冒頭には『東方見聞録』を口述筆記したルスティケロの語り「遠く異朝をとぶらへば」が収められており、前作とのつながりを感じながら物語に導き入れられていきます。
四篇収録されているうちの三篇はマルコ・ポーロの「遺産」を巡る中国もので、残り一篇の「大海絶歌」が源実朝の残した歌への後鳥羽院の返歌と安徳天皇兄弟に神器の真床追衾と淡島の小珠をめぐる物語です。結びも素晴らしく、短篇集の最後を飾るに相応しい読後感の作品となっています。
とは云うものの、個人的に一番印象に残っているのは明の三代皇帝である永楽帝とその艦隊を指揮する鄭和が分かち合う秘密を描いた「南海彷徨」です。収録作の中では一番幻想色が濃い為か、短いながらもどこまでもイメージが広がっていくような気持ちになりました。
草の海を駆け北原を征した永楽帝と、宝船艦隊を率いて渾沌の島を探すことで南海を征した鄭和。「燕を逐うなかれ」の唄にこめられた想いを共有する主従ふたりは「黄金島(ジパング)」の幻影をも共有するのですが、それらのイメージを踏まえた上で余韻を残すラストは素晴らしいの一言に尽きます。
滅びへと向かう元朝を描いた「北帰茫茫」と滅亡する直前の明を語った「禁城落陽」の二篇は、滅びへ向かう王朝の中で翻弄される人々を描いていてそれぞれ印象的な作品でした。
作中の人々の運命のやるせなさは共通していますが、滅亡への緊迫感や主従関係などが対照的になっているあたりなどにも深みがあります。


『天王船』(→感想)を読んだ際にも感じましたが、宇月原氏は短篇でも本当に密度の濃い作品を書かれますね。
今回収録されている短篇もそれぞれ長篇になってもおかしくないようなぎっしりした密度を持っていて、それがとことん凝縮された形で書かれている為、一篇一篇の読後の満足度が非常に高く、加えて著者の学識の深さと語りには毎回脱帽です。
歌に二重の意味合いを持たせる技も非常に巧みなので(『聚楽 太閤の錬金窟(グロッタ)』での秀吉の辞世や『安徳天皇~』での実朝の歌など)本当にこんな意味で書かれていたのではないかと思ってしまいます。
今回も漢詩や和歌の解釈と再構成の上手さが冴えていました。

次回作ではどのような世界を読者に見せてくれるのか楽しみです。できれば今度は長篇だと良いなぁ!


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2007.05.08

聖餐城 (皆川博子)

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『聖餐城』
皆川博子 著 光文社 刊


「どうして、あんたとその女だけが特別に、神様から目をかけてもらえるのさ。兵隊だの娼婦だのの一人一人の運命まで、神様はご存じじゃないよ」
(同書 P584~585より引用)

戦場を渡り歩いて生計を立てる輜重隊の女シュタルケ(凄腕)・ザーラに拾われた「馬の胎から産まれた少年」アディは、異形の少年イシュア・コーヘンと出会う。彼の身なりの良さを目に留め、金目当てで彼の窮地を救ったアディは、宮廷ユダヤ人の息子であるイシュアをボヘミアの王都プラハへと送り届けることになるが……。


三十年戦争の頃の神聖ローマ帝国を舞台に、傭兵とユダヤ人商人の視点から戦乱の世の流れを辿っていく作品。 時代設定や舞台などは違いますが、作品の雰囲気としては『総統の子ら』 に近いかも。
大義を掲げることなく戦える傭兵たちと商業と金融のシステムを確立すべく奔走する商人たち。登場人物達の人間関係の中に戦争と経済の近代化と社会構造の変化を織り込んだ物語でした。
物々しい装釘の影響もあって、占星術や錬金術やカバラの秘法が出てくるめくるめく伝奇世界が繰り広げられているのかと思いきや、非常に重厚な戦記作品でした。幻想的な要素もいくつか取り入れられているものの、物語の主要部分に関わるのではなく、遠景として描かれているような印象。異形の存在も影が薄く、<聖餐城>や<青銅の首>も物語を大きく動かすものではありません(もっとも、シムションのパートの方ではルドルフ2世にまつわる眩惑的なエピソードが語られてはいますが)。 イシュアの視点からそう云った部分が語られるのかな?と想像していましたが、その辺りの予測ははずれました。アディとシムションを繋ぐ役割のイシュアは一歩引いた所で物語に厚みを出す存在になっているのですね。あくまでも視点を持つ傭兵のアディとイシュアの兄であるユダヤ商人のシムションがそれぞれ担っている戦争と経済、そして近代への移り変わりを描くことがこの作品の主眼なのでしょう。
三十年戦争での両雄、スウェーデン王グスタフ・アドルフとボヘミア貴族であり傭兵企業家とも云えるヴァレンシュタインの存在は確かに大きいのですが、英雄たちの華やかな言動の背景で歴史を動かしていった市井の人々の姿が印象的でした。
非常に骨太で微に入り細を穿つような綿密な描写が特長的な戦史なので、ドイツ系作家の書いた作品の翻訳と云われれば素直に信じてしまいそうになります。と云うか、著者は近現代だけでなく中世末期(近世初期かな?)のドイツにも造詣が深いんですね。
この作品を読んで、ヴァレンシュタインと三十年戦争についての興味が増してきたので、関連書を読んでみようかなどと考えています(とりあえずシラーの『ヴァレンシュタイン』と『三十年戦史』は入手済み)。

皆川氏の著作は知識を広げたくなるような作品ばかりで嬉しい反面、積読が増えてちょっと困る面もありますな……。

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