廃帝綺譚 (宇月原晴明)
『廃帝綺譚』
宇月原晴明 著 中央公論新社 刊
「見よ、日が沈む」
しきりに皇帝の最後の言葉が思い出された。
この漆黒の闇の中、崇禎帝の目には、いままさに大地に没しようとする落日の光輪が見えたのだろうか。
もしそうなら、自分も同じ紅の落陽を見たい。
そう王承恩は心の底から思った。
(同書 P157 「禁城落陽」より引用)
「北帰茫茫──元朝篇」
「南海彷徨──明初篇」
「禁城落陽──明末篇」
「大海絶歌──隠岐篇」
の四篇を収録。
『安徳天皇漂海記』〔→感想)の残照であり残響でもある「海」をめぐる物語集でしょうか。
前作ほどの強烈な幻想的インパクトはありませんでしたが、王朝の興亡の狭間での人々の哀切さが静かに胸に満ちてくるような作品集で、波の音を通奏低音にしているような、読みながら自分も遠い波の音を感じているような気分になりました。
冒頭には『東方見聞録』を口述筆記したルスティケロの語り「遠く異朝をとぶらへば」が収められており、前作とのつながりを感じながら物語に導き入れられていきます。
四篇収録されているうちの三篇はマルコ・ポーロの「遺産」を巡る中国もので、残り一篇の「大海絶歌」が源実朝の残した歌への後鳥羽院の返歌と安徳天皇兄弟に神器の真床追衾と淡島の小珠をめぐる物語です。結びも素晴らしく、短篇集の最後を飾るに相応しい読後感の作品となっています。
とは云うものの、個人的に一番印象に残っているのは明の三代皇帝である永楽帝とその艦隊を指揮する鄭和が分かち合う秘密を描いた「南海彷徨」です。収録作の中では一番幻想色が濃い為か、短いながらもどこまでもイメージが広がっていくような気持ちになりました。
草の海を駆け北原を征した永楽帝と、宝船艦隊を率いて渾沌の島を探すことで南海を征した鄭和。「燕を逐うなかれ」の唄にこめられた想いを共有する主従ふたりは「黄金島(ジパング)」の幻影をも共有するのですが、それらのイメージを踏まえた上で余韻を残すラストは素晴らしいの一言に尽きます。
滅びへと向かう元朝を描いた「北帰茫茫」と滅亡する直前の明を語った「禁城落陽」の二篇は、滅びへ向かう王朝の中で翻弄される人々を描いていてそれぞれ印象的な作品でした。
作中の人々の運命のやるせなさは共通していますが、滅亡への緊迫感や主従関係などが対照的になっているあたりなどにも深みがあります。
『天王船』(→感想)を読んだ際にも感じましたが、宇月原氏は短篇でも本当に密度の濃い作品を書かれますね。
今回収録されている短篇もそれぞれ長篇になってもおかしくないようなぎっしりした密度を持っていて、それがとことん凝縮された形で書かれている為、一篇一篇の読後の満足度が非常に高く、加えて著者の学識の深さと語りには毎回脱帽です。
歌に二重の意味合いを持たせる技も非常に巧みなので(『聚楽 太閤の錬金窟(グロッタ)』での秀吉の辞世や『安徳天皇~』での実朝の歌など)本当にこんな意味で書かれていたのではないかと思ってしまいます。
今回も漢詩や和歌の解釈と再構成の上手さが冴えていました。
次回作ではどのような世界を読者に見せてくれるのか楽しみです。できれば今度は長篇だと良いなぁ!



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