聖餐城 (皆川博子)
『聖餐城』
皆川博子 著 光文社 刊
「どうして、あんたとその女だけが特別に、神様から目をかけてもらえるのさ。兵隊だの娼婦だのの一人一人の運命まで、神様はご存じじゃないよ」
(同書 P584~585より引用)
戦場を渡り歩いて生計を立てる輜重隊の女シュタルケ(凄腕)・ザーラに拾われた「馬の胎から産まれた少年」アディは、異形の少年イシュア・コーヘンと出会う。彼の身なりの良さを目に留め、金目当てで彼の窮地を救ったアディは、宮廷ユダヤ人の息子であるイシュアをボヘミアの王都プラハへと送り届けることになるが……。
三十年戦争の頃の神聖ローマ帝国を舞台に、傭兵とユダヤ人商人の視点から戦乱の世の流れを辿っていく作品。 時代設定や舞台などは違いますが、作品の雰囲気としては『総統の子ら』 に近いかも。
大義を掲げることなく戦える傭兵たちと商業と金融のシステムを確立すべく奔走する商人たち。登場人物達の人間関係の中に戦争と経済の近代化と社会構造の変化を織り込んだ物語でした。
物々しい装釘の影響もあって、占星術や錬金術やカバラの秘法が出てくるめくるめく伝奇世界が繰り広げられているのかと思いきや、非常に重厚な戦記作品でした。幻想的な要素もいくつか取り入れられているものの、物語の主要部分に関わるのではなく、遠景として描かれているような印象。異形の存在も影が薄く、<聖餐城>や<青銅の首>も物語を大きく動かすものではありません(もっとも、シムションのパートの方ではルドルフ2世にまつわる眩惑的なエピソードが語られてはいますが)。 イシュアの視点からそう云った部分が語られるのかな?と想像していましたが、その辺りの予測ははずれました。アディとシムションを繋ぐ役割のイシュアは一歩引いた所で物語に厚みを出す存在になっているのですね。あくまでも視点を持つ傭兵のアディとイシュアの兄であるユダヤ商人のシムションがそれぞれ担っている戦争と経済、そして近代への移り変わりを描くことがこの作品の主眼なのでしょう。
三十年戦争での両雄、スウェーデン王グスタフ・アドルフとボヘミア貴族であり傭兵企業家とも云えるヴァレンシュタインの存在は確かに大きいのですが、英雄たちの華やかな言動の背景で歴史を動かしていった市井の人々の姿が印象的でした。
非常に骨太で微に入り細を穿つような綿密な描写が特長的な戦史なので、ドイツ系作家の書いた作品の翻訳と云われれば素直に信じてしまいそうになります。と云うか、著者は近現代だけでなく中世末期(近世初期かな?)のドイツにも造詣が深いんですね。
この作品を読んで、ヴァレンシュタインと三十年戦争についての興味が増してきたので、関連書を読んでみようかなどと考えています(とりあえずシラーの『ヴァレンシュタイン』と『三十年戦史』は入手済み)。
皆川氏の著作は知識を広げたくなるような作品ばかりで嬉しい反面、積読が増えてちょっと困る面もありますな……。



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