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2007.07.21

ハマースミスのうじ虫 (ウィリアム・モール)

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『ハマースミスのうじ虫』
ウィリアム・モール 著 霜島義明 訳  創元推理文庫 刊


人の奇妙な振る舞いに関心を持つ、風変わりな趣味のワイン商キャソン・デューカーは、ある夜クラブで堅物の銀行家ロッキャーが泥酔している姿を目にする。普段の冷静さからは考えられないような醜態を晒すロッキャーから話を聞きだすと、ありもしない出来事を楯に一千万ポンドを強請りとられたと云う。
義憤にかられたキャソンは犯人が残したわずかな手掛かりを元に恐喝犯の追跡を始めるのだが……。

タイトルは作中の狡猾で周到な恐喝者のことを示しているのですが、ロンドンのハマースミスで腐乱死体が発見されるような話なのかと勝手に想像していました(苦笑)。全く違いましたけどね……。

犯人が恐喝に手を染める動機が劣等感なのに加えて、自身に際立った特徴のないことを逆手にとって巧妙に恐喝を重ねる犯人の造型にひねりがあるのと、彼を追う素人探偵(本業はワイン商)キャソンの攻防が地味ながらも緻密に描かれていて面白かったのですけれど、幼稚な自己顕示欲といびつな選民意識からくる身勝手な欲望を持つ犯人側の方はともかく、探偵役のキャソンに共感しにくいのがどうもなぁ……。
キャソンという人物の良心的な部分がわかりにくくて、ひどく自己中心的に見えるのです。彼の視点もどこか人を見下しているように感じられてしまって、個人的にはキャソンを好きになれませんでした。
彼に好感が持てればもっと手に汗握れたのに!と思うと少し残念でしたが、キャソンがロンドンの街を歩き回って情報を集め、犯人を定点から監視していくあたりの地道ながらも丹念な作業と、罠を仕掛けて犯人を心理的に追い込んでいく(そして犯人側からの逆襲もある)サスペンス部分の迫力は凄かったです。


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2007.07.13

レベッカ (ダフネ・デュ・モーリア)

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『レベッカ』
ダフネ・デュ・モーリア著 茅野美ど里 訳 新潮社 刊


以前から読もう読もうと思いつつ、なかなかタイミングが合わなくて今まで未読だった作品の新訳が出版されたので読んでみました。

二十一歳の主人公の「わたし」は生計を立てる為、好奇心旺盛で俗物なヴァン・ホッパー夫人のコンパニオン(話し相手兼身の周りの世話係のような役割)を務めています。
ヴァン・ホッパー夫人のお供でモンテカルロに行った「わたし」は、妻を亡くした英国紳士マックス・デ・ウィンターと親しくなります。初恋ならではの真摯な気持ちでマックスに惹かれていく「わたし」はマックスと結婚し、彼の領地であるマンダレーで暮らすことになります。
ところが、マンダレー邸には先妻レベッカの残したあらゆるものが溢れていて、「わたし」は次第に不安に苛まれることになり……と云うのが物語の始まりまでのだいたいのあらすじです。

邸の至る所に先妻レベッカの影が潜み、女中頭のダンヴァーズ夫人は事あるごとにレベッカへの崇拝をあからさまにし、周りの人々もレベッカを褒め称える中で、劣等感と孤独から「わたし」は夫の愛情すら疑い始め、精神的に追い詰められていくのですが、18章でその緊張感が頂点に達したところで、19章から物語は意外な展開になって行きます。18章までは心理的に抑圧されてどんどん追い込まれていく話だったのが19章以降はジェットコースター的サスペンスになり、レベッカの「真実」が明かされます。18章までは比較的ゆっくり楽しんでいたのが19章以降はもう止まらなくなって一気読みしてしまいました。

スリラーでサスペンスなのかと思ってましたら、ミステリ要素もあり主人公の成長小説でもありロマンスでもありと盛りだくさんで、かなり長い物語なのに飽きる暇が全くありませんでした。とても面白かったです。
原書の発行は1938年なんですが、古臭い部分がなくて現代でも読み継がれるだけの魅力を備えた作品なのだと納得。
大筋が面白いのは勿論、細かい描写が詩の様に美しいのも素晴らしいです。
第一章では主人公の夢の中に出てきたマンダレーが語られますが、その描写が本当に綺麗で! 読んでいる自分もマンダレーへの道をそぞろ歩いているような気分になりました。
悲劇的な現実が美しい「夢」を際立たせ、物語の最後と対応させているあたりも見事ですね。

この作品中で描かれている、齟齬から来る猜疑心や不安や嫉妬や抑圧などは常に人の心の中にある普遍的なものですし、訳文も平易で読みやすいものなので、「昔の小説だから……」と敬遠していた方にも是非読んでみて戴きたいです。


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2007.07.12

わたしを離さないで (カズオ・イシグロ)

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『わたしを離さないで』
カズオ イシグロ 著 土屋政雄 訳 早川書房 刊

「追い風か、逆風か。先生にはそれだけのことかもしれません」とわたしは言いました。「でも、そこに生まれたわたしたちには人生の全部です」
(同書 P319より引用)


十一年以上のキャリアを持つ、優秀な介護人のキャシー・Hは提供者と呼ばれる人々の世話に明け暮れている。
同じ施設で育った親友のルースとトミーも彼女が介護した。
彼らとの思い出は生まれ育った施設ヘールシャムでの日々と分かち難く結ばれ、キャシーは懐かしい時間とヘールシャムでの奇妙な生活を思い返していく……。


主人公のキャシーが淡々と語る回想によって、「介護人」や「提供者」、「施設」などの作中で秘められている事実や登場人物たちを取り巻く世界のいびつさを少しずつ明らかにしていく手法が非常に効果的だと思いました。
設定自体は特に真新しいものではないのですが、ヘールシャムでの日々の瑞々しさや登場人物達の心の動きなどが丹念に描かれており、青春小説としての良さを味わうことができました。
作中の歪んだ社会(と云い切っていいのかどうかは悩むところですが)については、もう絵空事ではなくなってくるのかもしれません。作中の社会の中では当然のこととして受け止められているのでしょうし、自分が「提供」される側だったらそれを拒めるかどうかは正直自信がありません。人間のエゴはどれだけの物を求めてしまうのかなどと考えると暗澹たる気持ちになります。P312でトミーが投げかけた「でも、なぜそんな証明が必要なのですか」とそれに続く問いにはやりきれなさを感じずにはいられませんでした。
しかし、歪んだ世界の中でも美しいものは生まれ得ることを著者は云いたかったのではないでしょうか。
キャシーらが過ごしたかけがえのない日々は彼らだけのもので、それは誰にも奪えないものですし、「証明」が必要なものでもありません。そのことが余計に切なさを呼び起こします。
特にノーフォークの「ロストコーナー」のエピソードはラストにも利いてきて静かに胸をしめつけるものでした。


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2007.07.10

双生児 (クリストファー・プリースト)

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『双生児』
クリストファー・プリースト著 古沢嘉通 訳 早川書房 刊

1999年、英国。
歴史ノンフィクション作家のスチュワート・グラットンは、次回作の題材にするJ・L・ソウヤーという人物に関しての情報提供を雑誌広告を通じて求めていた。第二次世界大戦で活躍した空軍大尉でありながら、良心的兵役拒否者でもあると云うソウヤーとは一体何者なのか。
そして、グラットンはイングランド中部の町バクストンで行われたサイン会場の書店で、広告を目にしたと云うアンジェラ・チッパートンと名乗る女性と出会う。アンジェラは自分の父は第二次大戦中に爆撃機の操縦士を務めていたと語り、父親のJ・L・ソウヤーが残した回顧録をグラットンに渡すのだが……。


主な語り手はJ・Lという同じイニシャルを持つ双子。
第二次世界大戦を境にジャックとジョーのふたりの運命が大きく変わっていくことで複雑に分岐していく物語の流れに読者は翻弄されていくのですが、スポーツと青春と三角関係の恋愛と歴史ミステリや改変歴史物の楽しみも味わえる作品です。
読者の知っている歴史と作中で描かれる歴史的事実の齟齬と、双子の辿る道の違い、幻想と現実の境界のあやふやさなど、物語の構造がかなり複雑なので戸惑うこともしばしば。でもその複雑さが再読に耐える面白さに通じているのだと思います。第二次大戦時の英国とドイツに詳しければ、作中で触れられている出来事について「あれをこんな風に使うのか!」と感心できてより一層の楽しみが得られることでしょうし、わからない部分があっても手ごわいなーと感じながらも先を読まずにはいられないあたりに語り(騙り)の迷宮に放り込まれてしまう快感を感じてみたり。
噛み応えがある物語を読んでみたい向きにはお薦めしたい作品です。

ページをめくるたびに錯綜し混乱を深めていくこの作品の仕掛けやからくりに関しては、巻末の大森望さんの解説で非常に詳しく述べられています。読書中の疑問が解けてすっきりした気持ちになれますが、物語の展開に触れている部分が多いので、読了後に読むことを強くお薦めします。


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