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2007.09.25

悪魔の薔薇 (タニス・リー)

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『悪魔の薔薇』
タニス・リー著 中村融 編 安野玲・市田泉 訳 河出書房新社 刊

日本オリジナルのタニス・リー短篇集。
収録作は以下の通り。

「別離 」
「悪魔の薔薇」
「彼女は三(死の女神)」
「美女は野獣 」
「魔女のふたりの恋人 」
「黄金変成 」
「愚者、悪者、やさしい賢者」
「蜃気楼と女呪者(マジア)」
「青い壺の幽霊」


幻想・妖美・官能ってなリーの作品の特質がすべて収まっています。
中村融さんのセレクトが絶妙なんですね。どれも短いのに非常に密度が濃くて満足度が高いです。
物語の色彩に合わせた語りの鮮やかさも堪能しました。
翻訳もそれぞれの物語に相応しい言葉の選び方が素晴らしく、雰囲気を高めてくれるものでした。


ヴァンパイアの女主人に仕え続けた従者の物語「別離」、三つの姿を持つ女神に魅入られた画家と作曲家と詩人。三人の芸術家と女神の交感を描いた「彼女は三(死の女神)」、魔女とふたりの騎士のままならぬ恋の行方を切なくも美しい筆致で綴る「魔女のふたりの恋人」、古代ローマと錬金術と東方の神を絡めた「黄金変成」、仮面のモティーフの使い方が秀逸な中華風幻想譚「蜃気楼と女呪者(マジア)」、魔道王が得た青い壺がもたらす神秘を描く「青い壺の幽霊」あたりが好きです。
特に「黄金変成」は歴史ものの味わいと幻想美とオリエンタリズムが同時に味わえる佳品だと思います。
黄金と東方の魔女が持つ謎めいた輝きに眩惑されてしまいました。凄く好き。
「悪魔の薔薇」は東欧を舞台にした官能的なホラー……なのかな?
途中までの雰囲気は凄く好きだったんですけど、オチの部分がちょっと好みではなかったです……。
いや、確かにあのオチは怖いし厭だとは思いますが。
「美女は野獣」は都に悪影響を及ぼしていると云われる暴君とその暗殺者の物語。表裏一体とも云える彼らの関係に深みがありました。
「愚者、悪者、やさしい賢者」はアラビアンナイト風の物語。リーの作品ではこう云った雰囲気の作品は珍しいのだとか。
軽やかさを感じさせながらも、最初と最後に出てくる<死>の存在で重みを添えています。

リーならではの妖艶なエキゾティズムを久々に堪能しました。
またこういった雰囲気の作品集が編まれると良いなぁ。


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2007.09.19

新アラビア夜話 (ロバート・ルイス・スティーヴンスン)

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『新アラビア夜話』
ロバート・ルイス・スティーヴンスン 著 南條竹則・坂本あおい 訳  光文社古典新訳文庫 刊


「殿下、御無理をなさらないでください」ジェラルディーン大佐が言った。
「ジェラルディーン」と王子はこたえた。「わたしが借りを返さなかったことがあるかね? わたしはおまえにこの男の命を借りている。だから、それを返そう」

(同書 P137より引用)

三月のある晩、ボヘミアのフロリゼル王子とその股肱の臣ジェラルディーン大佐はロンドンのレスター広場の牡蠣料理屋(オイスターバー)で、クリームタルトを盛った大皿を持つ供の者ふたりを従えた若者と出会う。店の客にクリームタルトを配り続ける青年に興味を持ったフロリゼル王子は、若者から奇妙な振る舞いの理由をを聞き出し、自殺志望の人々が集う「自殺クラブ」の存在を知る。彼の導きでクラブを訪れた王子は、そこで起こる死のゲームの渦中の人となるが……。

19世紀末のロンドンとパリを舞台に、ボヘミアのフロリゼル王子がお忍びで様々な事件に関わる話です。
「自殺クラブ」と「ラージャのダイヤモンド」の2篇が収録されています。
『宝島』の著者が書いた19世紀ロンドン版「アラビアンナイト」ってことなのですが、アラビアは特に関係ありません。
訳者である南條竹則さんの解説によると、 「英国の首都をアラビアの都バグダッドに見立て、お忍びで夜の冒険を求めるフロリゼル王子とジェラルディーン大佐を教主(カリフ)ハルン・アル・ラシッドと腹心の大宰相になぞらえる趣向」なんだそうです。

物語の中心になるのはフロリゼル王子ですが、視点人物は事件ごとに変わっていくので、7つの短篇を収めた物語集と云えなくもないかな(「自殺クラブ」の方は「クリームタルトを持った若者の話」、「医者とサラトガトランクの話」、「二輪馬車の冒険」の三篇で構成されてまして、「ラージャのダイヤモンド」の方は「丸箱の話」、「若い聖職者の話」、「緑の日除けがある家の話」、「フロリゼル王子と刑事の話」の四篇から成っています)。


フロリゼル王子が19世紀のボヘミアの王子ってことは、ボヘミアって概ねチェコのことだと考えるとあの時代のチェコはハプスブルク家の勢力圏だから、フロリゼル王子イコール ルドルフ皇太子ってことか? などといらぬ推測をしましたが(考え過ぎ)、解説によれば、どうも殿下のモデルは後のエドワード7世なようです。小説中に英国皇太子を登場させるのがはばかられるので、ボヘミアの王子となったらしい。
だもんで、作中のボヘミアは実在の国との関連は無くて、『ゼンダ城の虜』におけるルリタニアのような欧州の架空の国ってことなのね。
因みに「ボヘミアの王子」という肩書きと「フロリゼル」という名前はシェイクスピアの『冬物語』から取られたそうです(これも解説にありました)。
ああ、どこかで聞いたことがあるような名前だと思ったらシェイクスピアだったのか!(気づくのが遅い)。


個人的にはフロリゼル殿下と腹心のジェラルディーン大佐(※殿下より五、六歳年下の美青年。有能)のコンビが好きだったので「自殺クラブ」の方が面白かったです。でも、2話目と3話目の大佐は気の毒過ぎる……(涙)。
あと、「ラージャのダイヤモンド」のラストは非常に不満ですワタクシ。
そりゃあ、王子の身分なのに国での仕事をほったらかして(?)よその国での冒険に明け暮れているようではああなっても仕方ないかもしれないけど、物語的には設定がかなりゆるめなんだからそういう部分できっちりしたオチはつけなくてもいいですから!
殿下には大佐と(※私的な願望・笑)いつまでもお忍び冒険を続けていて欲しかったですよー。


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2007.09.15

赤き死の訪れ (ポール・ドハティー)

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『赤き死の訪れ』
ポール・ドハティー 著 古賀弥生 訳 創元推理文庫 刊

1377年、12月。
ロンドン塔の城守ラルフ・ホイットン卿が、鍵をかけ見張りを置いた塔内の部屋で喉を真一文字に掻き切られて殺害された。
死の4日前、彼の元へは中央に三本マストの船と四隅に黒い十字架が描かれた謎めいた手紙と胡麻のシードケーキが届けられ、それを受け取ったラルフ卿は自身の居室を移すほどの脅えようだったという。
やがて卿とつながりのある人物らにも同様の手紙が送られ、彼らも次々と殺されていく。
クリスマスを間近に控えたロンドンで、クランストン検死官とアセルスタン修道士はそれぞれを悩ませる問題を抱えながら暗殺者を探し始めるのだが……。


検死官のジョン・クランストン卿に「修道士」呼ばわりされるたびにアセルスタン托鉢修道士が「わたしは修道士ではなく、托鉢修道士です」といちいち生真面目に訂正する会話も久しぶりで楽しいシリーズ2作目。
「修道士」と「托鉢修道士」は原文では‘monk’と‘friar’とで使い分けられているのでしょうかね。ちょっと気になってます。

昨年刊行された1作目の『毒杯の囀り』(→感想)が気に入ったので、シリーズの続きが翻訳されるのをずっと楽しみに待っておりました。
今回はロンドン塔で起こった殺人事件をメインに、クランストン検死官とアセルスタン托鉢修道士のそれぞれが悩みを抱えながら謎を追っていく構成です。
ジョン卿の方は最愛の奥方が何やら秘密を抱えているようで、もしかして不義でも……?と疑心暗鬼になっており、日ごろの快活さはどこへやら、相棒のアセルスタン修道士にまで八つ当たりをする始末ですし、アセルスタン修道士の方では聖アーコンウォルド教会の墓地に墓荒らしが出没して悩んでいる所に加えて、想いを寄せている未亡人ベネディクタに近づくヴィンセンティウス医師(※すごい美男子な上に医師としても非常に有能)が現れてこれがまた悩みの種に。
さてさて、果たして足並みの揃わないコンビはそれぞれの悩みと殺人事件を解決できるのか?ってあたりがミステリ的な肝なのでしょう。
とは云うものの、自分が読んでいて楽しかったのは、なにやらきな臭くなっていく時代背景を織り込みながら中世の風景を活写していく著者の筆運びと登場人物たちの人間味溢れる描写を堪能することだったんですが(笑)。
正直云ってミステリ部分よりもこちらの方をより楽しみにしているんですけど、読み方としてはやっぱり邪道なんでしょうね(すいません)。
冒頭の騎士と少年のエピソードからがっつりやられまして、降誕節を迎える冬のロンドンの寒々しさ、ロンドン塔の禍々しさ、あとは何と云っても作品を彩る御馳走の数々が非常に印象的で!(おいコラ)
今回は食事のシーンが結構多かったので、読みながら「熱々のビーフパイ! 野ウサギのワイン煮! 濃厚なオニオンソースで煮込んだビーフシチューパイ! キジの胸肉! スパイスたっぷりのスープ! 焼きたての白パン!!」とうっとりしていましたよ(食い意地が張っているのが丸わかり)。作品中の季節が冬なものだから、あったかい料理が凄く美味しそうなんですよ~(ヨダレが滂沱)。
クランストン検死官の素晴らしい健啖家っぷりには読んでいるこっちまで影響されてしまってちょっと弱りましたよ。 だってしこたま美味しそうに飲みかつ食べているんですものクランストン検死官ってば。悩んでいる割にはヴァイタリティの強さが飲食に現れてるんですなぁ(ヤケ飲みヤケ喰いな部分もいくらかはあるのでしょうけどね)。

あと、今回の最大のツッコミ所としましては、アセルスタン修道士が「そんなに見え見えなのだろうか?」と悩むあたりですな。
御当人様には全く自覚が無いんですかひょっとして!
自分がその場にいたらば無言で激しく頷きながら彼の肩を叩いてるよな……。
いや、そういう所がアセルスタン修道士の可愛らしいところなんだけどさぁ(笑)。

本筋とは関係ありませんが、作中でちらっと出てくる<山の老人>の手下の<暗殺教団>って言葉を見て、思わず宇月原晴明氏の『黎明に叛くもの』を連想してしまいました。 いえ、時代も国も全く別なんですけども。
その<暗殺教団>に関しましては、岩村忍氏の『暗殺者教国―イスラム異端派の歴史』という本が詳しいので興味のある方はどうぞ(ちくま学芸文庫から出ていましたが現在は品切れ中。リブロポート版などは図書館などに置いてあるかもしれません)。
『十字軍騎士団 』(橋口倫介 著 講談社学術文庫 刊)にも少し言及がありますので、十字軍に興味がある向きには面白いかもしれません。


来年にも3作目の翻訳予定が立っているようなので、続きを楽しみに待ちたいと思います。
また来年の秋頃には皆に再会できると良いなぁ。

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2007.09.08

本泥棒 (マークース・ズーサック)

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『本泥棒』
マークース・ズーサック 著 入江真佐子 訳 早川書房 刊


 あの子のことを思い出すとき、わたしにはいろんな色を記した長いリストが見える。しかし、もっともあの子らしい生身の姿が見えるのは次の三つの色だ。ときどきわたしはこれら三つのときのはるか上を漂う。腐った真実が膿を出し切って清澄なものになるまで、わたしは宙ぶらりんにぶらさがっている。
 わたしが三つの色が系統だっているのをみるのはそういうときだ。

 三つの色はそれぞれ折り重なっている。走り書きの署名のような黒は、目もくらむような地球全体をおおう白の上に、そして白は厚ぼったくどんよりした赤の上に。
 そう、わたしはよくあの子のことを思い出す。そして膨大な数のポケットのひとつに、再び語れるようにあの子の物語をしまっておいた。それはわたしが持ち歩いているちょっとした話のひとつで、どの話もそれぞれすばらしい。それぞれがひとつの試み──試みという大きな飛躍だ。あなたが、あなたの人間としての存在がそれに値するものだとわたしに証明するための。
 これから話すのは、てのひらいっぱいほどあるそういう話のひとつだ。
 本泥棒。
 よかったらわたしと一緒に来てほしい。あなたに物語を聞かせよう。
 いいものをみせてあげる。

(同書 P20より引用)


タイトルに惹かれて読んでみました。
語り手の死神が主人公の少女リーゼル・メミンガーと周囲の人々について先の展開を小出しにしながら語っていく生と死と言葉の物語といったところでしょうか。
700ページ近くある、なかなかに分厚い本なのですが、リーゼルの生活をわりあい丹念に追った前半はともかく、後半はかなり読む速度を上げさせられます。

主人公が人生の岐路で出会う本の殆どが盗んだものって、なんとも魅惑的な気がします(まぁ、盗み自体は決して褒められたことではありませんけれどね……)。
おまけに死神というなんとも人を喰ったような人物(?)を語り手に選んでいるあたり、著者の物語作法のユニークさが如実に現れているかと。読む前は奇をてらっているようにも感じましたが、語り手の死神は本職と同じように語り手としての職務を忠実にこなしています。職業のイメージから冷酷なイメージを持ってしまいがちですけれど、実はなかなかの皮肉屋で情がもろくて結構ロマンティストな気がしますよこの死神。
登場人物の行く末が先に語られてしまうのはちょっとどころでなく興ざめになってしまうのではないかと思っていましたが、語り手の特性もあって読み進める上での障害にはなりませんでした。
舞台がナチ政権下のドイツなもので、読んでいてつらくやりきれない状況がいくたびも語られます。しかし、死神が人間を眺める視線が優しいのと、そんな中でもちょっとしたユーモアのあるやり取りが出来る登場人物たちのお蔭でほんのりとした温かい気持ちを忘れることなく読み進められました。
里子となってフーバーマン家で暮らすこととなったリーゼルはハンスと妻ローザの一風変わった愛情に抱かれて暮らすことになります。時代が時代なだけにやがて彼らを襲うであろう悲劇の予兆は物語のそこかしこに散りばめられている訳ですが、思わぬことから迎えることになった同居人のマックス青年ともども、フーバーマン家がこのまま音楽や笑い声に包まれて平穏に過ごせれば良いのにと願わずにはいられなくなるほど、彼らを身近な存在として感じてしまいました。それだけに作中で語られる様々な別れのつらさと云ったら!
隣家の少年ルディとの友情が少しずつ恋に変化していく様子や、リーゼルに違った形で物語を与えたマックスと町長夫人のエピソードも素晴らしいです。マックスがリーゼルに渡すふたつの物語『見下ろす人』と『言葉を揺する人(ワードシェイカー)』はふたりの友情と信頼関係から生まれたもので、町長夫人の方はリーゼルの目を開かせる役割を担っています。それぞれの方法でリーゼルの成長に影響を与えていますが、その方法はある意味で正反対なのが興味深いですね。
作中で好きだったのはリーゼルと養父ハンスのやりとりで、中でもハンスとリーゼルが『墓堀り人の手引書』を読む「真夜中の授業」が一番印象深いものでした。
ハンスの物静かな優しさがこの作品の中の良質な部分と深く関わっていくことを暗示していて忘れ難い場面です。


リーゼルは本を盗むことと与えられることによって、彼女自身の中にある言葉を確固たるものにして行き、ラスト近くでは記憶を物語として再構成するのですが、彼女が抱えることになった言葉の重みと痛さ(P659の「わたしは言葉を憎み、言葉を愛してきた。 その言葉をうまく使えていればいいのだけれど。」に彼女の思いが凝縮されています)は読者の側も無傷ではいられなくなるような迫力がありました。
要所要所で差し挟まれる赤と黒と白そしてレモン色の描写も印象的で、ラストに余韻を残してくれました。


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2007.09.04

ジーヴスと朝のよろこび (P・G・ウッドハウス)

ジーヴスと朝のよろこび

『ジーヴスと朝のよろこび』
P・G・ウッドハウス 著 森村たまき 訳 国書刊行会 刊


英国ハンプシャー随一の風光明媚な集落スティープル・バンプレイ。
そこで我らが愛すべき若紳士バーティ・ウースターを襲った惨劇とは。
泥沼なトラブルに(またもや)翻弄される彼は果たしてどうなるのか。
そして、イースト・ウィブレイ・タウン・ホールで運命の仮装舞踏会の幕が開けられる……!


ってアオリを入れるまでもなく、いつもと同じように友人たちの婚約問題に強引に一肌脱がされたり、自らも婚約の危機に晒されたりしてるんですけどね。 でも、その危機に関してはバーティのいらん見栄が遠因でもあるので同情点は少なめですよ。バーティの癖にスピノザを読むなんて見栄を張るなんざ言語道断だし!(←そこまで云わなくても)
そんなこんなで、美しい横顔とアホを教え導くことに情熱を燃やす啓蒙精神を持つフローレンス・クレイ嬢との再婚約から果たしてバーティーは逃れられるのか?
バーティの危機にジーヴスはどう立ち向かうのか(つか立ち向かう気はあるのか)?
ボコ・フィトルワースとゼノビア(ノビー)・ホップウッド嬢との婚約をパーシー伯父さんに認めさせる秘策はあるのか?
クレイ嬢との親密な関係を粉砕することに絶大な効果を発揮する「フィトルワース・メソッド」の効果とは?
カボチャ顔のダーシー・チーズライトはクレイ嬢とよりを戻せるのか?
英米両国の海運王同士の密談は成功なるか?
ってあたりが本作品の肝でしょうか(多過ぎ)。例によって問題山積みてんこ盛りであります。
クライマックスでの華やか(?)な仮装舞踏会でのパーシー伯父さんとバーティの仮装は絶妙でしたが(色々な意味で)、今回はジーヴスの活躍が少なめなのがちと残念でした。自分が釣りに行きたいからってバーティを鬼門な場所に連れ出しておいて、最後のアレってどうなのさホントに(笑)。オチとしては盛り上がったから結果オーライかもしれませぬが。
続刊の刊行も決まったそうなので、ジーヴスの大活躍は次回以降にまた期待致しましょう。


しかし戦時中に書かれたとは思えないほどのてんやわんやで呑気な内容ですな……。
激しい困難も作家の中の想像力を抑えることはできなかったんですね。


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