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2007.09.08

本泥棒 (マークース・ズーサック)

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『本泥棒』
マークース・ズーサック 著 入江真佐子 訳 早川書房 刊


 あの子のことを思い出すとき、わたしにはいろんな色を記した長いリストが見える。しかし、もっともあの子らしい生身の姿が見えるのは次の三つの色だ。ときどきわたしはこれら三つのときのはるか上を漂う。腐った真実が膿を出し切って清澄なものになるまで、わたしは宙ぶらりんにぶらさがっている。
 わたしが三つの色が系統だっているのをみるのはそういうときだ。

 三つの色はそれぞれ折り重なっている。走り書きの署名のような黒は、目もくらむような地球全体をおおう白の上に、そして白は厚ぼったくどんよりした赤の上に。
 そう、わたしはよくあの子のことを思い出す。そして膨大な数のポケットのひとつに、再び語れるようにあの子の物語をしまっておいた。それはわたしが持ち歩いているちょっとした話のひとつで、どの話もそれぞれすばらしい。それぞれがひとつの試み──試みという大きな飛躍だ。あなたが、あなたの人間としての存在がそれに値するものだとわたしに証明するための。
 これから話すのは、てのひらいっぱいほどあるそういう話のひとつだ。
 本泥棒。
 よかったらわたしと一緒に来てほしい。あなたに物語を聞かせよう。
 いいものをみせてあげる。

(同書 P20より引用)


タイトルに惹かれて読んでみました。
語り手の死神が主人公の少女リーゼル・メミンガーと周囲の人々について先の展開を小出しにしながら語っていく生と死と言葉の物語といったところでしょうか。
700ページ近くある、なかなかに分厚い本なのですが、リーゼルの生活をわりあい丹念に追った前半はともかく、後半はかなり読む速度を上げさせられます。

主人公が人生の岐路で出会う本の殆どが盗んだものって、なんとも魅惑的な気がします(まぁ、盗み自体は決して褒められたことではありませんけれどね……)。
おまけに死神というなんとも人を喰ったような人物(?)を語り手に選んでいるあたり、著者の物語作法のユニークさが如実に現れているかと。読む前は奇をてらっているようにも感じましたが、語り手の死神は本職と同じように語り手としての職務を忠実にこなしています。職業のイメージから冷酷なイメージを持ってしまいがちですけれど、実はなかなかの皮肉屋で情がもろくて結構ロマンティストな気がしますよこの死神。
登場人物の行く末が先に語られてしまうのはちょっとどころでなく興ざめになってしまうのではないかと思っていましたが、語り手の特性もあって読み進める上での障害にはなりませんでした。
舞台がナチ政権下のドイツなもので、読んでいてつらくやりきれない状況がいくたびも語られます。しかし、死神が人間を眺める視線が優しいのと、そんな中でもちょっとしたユーモアのあるやり取りが出来る登場人物たちのお蔭でほんのりとした温かい気持ちを忘れることなく読み進められました。
里子となってフーバーマン家で暮らすこととなったリーゼルはハンスと妻ローザの一風変わった愛情に抱かれて暮らすことになります。時代が時代なだけにやがて彼らを襲うであろう悲劇の予兆は物語のそこかしこに散りばめられている訳ですが、思わぬことから迎えることになった同居人のマックス青年ともども、フーバーマン家がこのまま音楽や笑い声に包まれて平穏に過ごせれば良いのにと願わずにはいられなくなるほど、彼らを身近な存在として感じてしまいました。それだけに作中で語られる様々な別れのつらさと云ったら!
隣家の少年ルディとの友情が少しずつ恋に変化していく様子や、リーゼルに違った形で物語を与えたマックスと町長夫人のエピソードも素晴らしいです。マックスがリーゼルに渡すふたつの物語『見下ろす人』と『言葉を揺する人(ワードシェイカー)』はふたりの友情と信頼関係から生まれたもので、町長夫人の方はリーゼルの目を開かせる役割を担っています。それぞれの方法でリーゼルの成長に影響を与えていますが、その方法はある意味で正反対なのが興味深いですね。
作中で好きだったのはリーゼルと養父ハンスのやりとりで、中でもハンスとリーゼルが『墓堀り人の手引書』を読む「真夜中の授業」が一番印象深いものでした。
ハンスの物静かな優しさがこの作品の中の良質な部分と深く関わっていくことを暗示していて忘れ難い場面です。


リーゼルは本を盗むことと与えられることによって、彼女自身の中にある言葉を確固たるものにして行き、ラスト近くでは記憶を物語として再構成するのですが、彼女が抱えることになった言葉の重みと痛さ(P659の「わたしは言葉を憎み、言葉を愛してきた。 その言葉をうまく使えていればいいのだけれど。」に彼女の思いが凝縮されています)は読者の側も無傷ではいられなくなるような迫力がありました。
要所要所で差し挟まれる赤と黒と白そしてレモン色の描写も印象的で、ラストに余韻を残してくれました。


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Tracked on 2007.09.18 at 03:47 PM

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