第九軍団のワシ (ローズマリ・サトクリフ)
『第九軍団のワシ』
ローズマリ・サトクリフ 著 猪熊葉子 訳 岩波少年文庫 刊
ローマ軍の百人隊長マーカス・フラビウス・アクイラは、配属されたブリテン島のイスカ・ダムノニオルムでのブリトン人氏族との戦いで足を負傷し、軍人としての未来と希望のすべてを断たれる。
カレバに住む父の弟アクイラ叔父の家に身を寄せることとなったマーカスは、気晴らしに出かけた闘技場で若いブリトン人剣闘士に惹きつけられる。マーカスは敗北した剣闘士エスカを奴隷として買い取ったが、ふたりの間には次第に主従関係を超えた信頼と友情が育っていく。
そしてある日、アクイラ叔父の家を訪れた第六軍団の総司令官クローディウス・ヒエロミアヌスから、北方氏族の反乱を平定する途中で行方知れずとなった第九軍団の象徴の《ワシ》が北の氏族の中で神として崇められているとの噂を聞いたマーカスは、かつて父親が指揮していた軍団の名誉を回復するべく、かけがえのない友となったエスカと共に《ワシ》を探す旅に出ることとなるが……。
サトクリフの代表作、ローマン・ブリテン四部作の一作目です。
ごく大まかに云えば、喪失と友情と信頼を主軸にし、《ワシ》をめぐる冒険を通じてふたりの青年が自らの道を見出していく物語でしょうか。
主人公のマーカスは負傷によって進もうとしていた道を閉ざされ、未来に希望が持てないような状況へ置かれることとなります。この物語のもうひとりの主人公であると云えるエスカは奴隷として拘束され、彼の未来もまた閉ざされています。エトルリアとブリテンを故郷とするふたりの出会いが閉ざされていた互いの未来を開いていくきっかけとなる訳ですが、彼らの心理的な距離が少しずつ近づき、やがては強い信頼関係に変わっていくくだりは読み応えがありました。それぞれの持つ誠実さが相手に届いていくエピソードも素晴らしいです。
後半での、消えた軍団と《ワシ》の探索行はミステリ的な興味で読み進めていくことになりますが、ただ謎を追うだけでなく、マーカスらが辿り着いた先でのブリトンの氏族たちが持つ文化の描写も力強くなされており、特に氏族たちの儀式である「新しい槍つかいの祭」の場面は様々な文化を織り込みながら重層的に物語を成立させていくサトクリフの筆ならではの迫力があって白眉だと思います。
ローマン・ブリテンの時代背景と舞台となる土地の細かい描写はとにかく素晴らしいです。読んでいてマーカスとエスカの見た風景を自分でも見ているような気がしました。マーカスが回想する故郷の風景も印象深いものがありましたし、舞台となったブリテン島に関しても、北の荒涼とした風景とマーカスにとって大切な場所となった南の土地の暖かさが対照的でありながら互いを引き立てあっているのも良いですね。やはり サトクリフは舞台となる土地の魅力を書くのに長けた作家なのだなと再認識しました。
物語全体のバランスを考えれば瑕瑾に過ぎないのですが、惜しむらくは物語における女性の存在感がいまひとつ薄い点でしょうか。青年たちの物語である以上は仕方がないにせよ、オオカミの子チビを通じてマーカスとの交流を深めていく隣家の少女コティアは非常に魅力的なだけに彼女の活躍する場面があれば……などとつい考えてしまいました。まあ、欠点のうちにも入らないような些細なことではありますけれど。
あと、文庫の表紙を飾っている池田正孝氏の写真が素敵で眺めているだけでも嬉しくなります。自分がハウスステッズ要塞跡を訪れた時のことを思い出したりなどしました。土地の魅力が伝わってくる良い写真ですね。
巻末に収録されている池田氏のエッセイも楽しませて戴きました。サトクリフ作品への愛情が感じられて好ましい写真と文章なのでハードカヴァー版をお持ちの方にも是非読んで戴きたいです。
嬉しいことにローマン・ブリテン四部作はすべて岩波少年文庫に収録されるとのことで、文庫カヴァーにはすべて池田氏の写真が使われるそうです。文庫化自体も楽しみでありますが、装幀も楽しみになりました。
何度も読み返して楽しめる作品を文庫という形で手元に置けることになるのは嬉しいことですし、新しくサトクリフ作品と出会う方たちが増えるのも嬉しいことです。
新しい形となったローマン・ブリテン四部作がこれからもたくさんの人たちに愛されることになることを願ってやみません。



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