ブランディングズ城の夏の稲妻 (P・G・ウッドハウス)
『ブランディングズ城の夏の稲妻』
P.G.ウッドハウス 著 森村 たまき 訳 国書刊行会 刊
エンプレス・オブ・ブランディングズが飲食するいかなる場においても、完全なる沈黙は存在し得ない。しかしこの演説の後、沈黙に近い何ものかが続いた。ランタンの明かりの中で、ヒューゴの目がミリセントの目と合った。彼女の目には、彼の目と同じく、茫然自失の畏怖の表情が見えていた。彼らは忠実なる古の従僕のことを聞いたことがあった。彼らは忠実なる古の従僕の話を読んだことがあった。彼らは忠実なる古の従僕を舞台で観たことがあった。しかし、忠実なる古の従僕がこれほどまでに忠実でありえようとは、彼らは夢にも思ったことがなかった。
(同書 P289より引用)
バラとブタをこよなく愛し、牧歌的な生活の中でゆったりした頭を憩わせている第九代エムズワース伯爵クラレンス閣下。『エムズワース卿の受難録』ですっかり彼の虜となった私は長篇作品の邦訳を非常に楽しみにしておりました。この度、国書刊行会から出版されて続刊予定もあるとくれば喜ばずにはおられません(小躍り)。
祝福されない恋に身を焦がすエムズワース卿の甥ロナルドと姪のミリセントはそれぞれの相手(コーラスガールのスーと秘書のヒューゴ)と結婚すべく伯父であるエムズワース卿の同意を得ようと奮闘し、はたまたその恋模様が混線したり(離れたりくっついたり別の人物と婚約したり)、卿の弟ギャラハッド・スリープウッド閣下が執筆中の回想録が本になる前から波乱を呼んで原稿争奪戦が水面下で行われたり、高貴なる飼い豚エンプレス(バークシャー種、シュロップシャー農業ショー肥満豚部門優勝獲得のセクシーグラマーダイナマイツ?)が行方不明になったり(※積極的に誘拐)、元秘書のルパート・バクスターがまたまたやらかしてくれたり(この人頭が切れる筈なのに回ってくる役割がかなりアレなので、気の毒やらおっかしいやらでホントにもう……)、永遠の好敵手サー・グレゴリー・パースロー=パースローとエムズワース卿の熱き(?)闘いやら、二重スパイめいた役割を担う探偵パーシー・プロビッシャー・ピルビームの暗躍などなど、ブランディングズ城の夏は心穏やかとは云い難く暗雲がたちこめてトラブル満載な感じでございます(笑)。
ドタバタ喜劇かつサスペンス溢れる展開、どうにもこうにもままならないロマンスもありと、いつものようにウッドハウス節を楽しませて貰いました。
正直云って、エムズワース卿のお人柄自体は短篇の方が味わい深いとは思います。
強烈な個性を持った一族の面々に囲まれていると、ゆっくりしたお脳のせいかいまひとつ地味な役割になっちゃうんですよねぇクラレンス閣下ってば。長篇シリーズの真の主役はブランディングズ城の方だから仕方ないかな。まぁ、エムズワース卿の頭がほんわりしているからこそ、身分を詐称した人物たちが大挙しててんやわんやの大騒動を繰り広げることが可能なのだとも云えますよね。
そして物語中での美味しい役割はギャラハッド閣下が最後にすべて持って行っちゃいましたが、執事ビーチも地味ながらいい味を出していたり(ゴシップ好きな一面がちょっとかわいい)、有能メガネキャラの役割から逸脱してなんかちょっと危なげな人だと認知されていくバクスターの脱線振りもおかしい限りでした。しっかし、彼に関するレディー・コンスタンスの信頼っぷりって一体……。
ジーヴスものよりはちょっと地味ですが、優雅な田園生活の中で巻き起こる喜劇を堪能したい向きにはお薦めです。
破天荒な独身貴族でやんちゃ行為を含めて若い頃から色々な経験を積んだ(笑)ギャラハッド閣下はなかなか魅力的な人物だったので、できればまたお会いしたいです~。
<ウッドハウス作品感想>
今まで面倒でまとめていなかったのですが、気が向いたので集めて貼ってみました(笑)。
興味のある方はどうぞ~。
■国書刊行会版
『比類なきジーヴス』
『よしきた、ジーヴス』
『それゆけ、ジーヴス』
『ウースター家の掟』
『でかした、ジーヴス』
『サンキュー、ジーヴス』
『ジーヴスと朝のよろこび』
■文藝春秋社版
『ジーヴズの事件簿』
『エムズワース卿の受難録』
『マリナー氏の冒険譚』




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