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2008.02.29

狡猾なる死神よ (サラ・スチュアート・テイラー)

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『狡猾なる死神よ』
サラ・スチュアート・テイラー 著 野口 百合子 訳  創元推理文庫 刊


 言葉の贈り物をあげようと決めたかのように、メアリーは重々しく言った。「私が死ぬ時は舟の中に埋葬されたいわ、シャロットの姫君のように」
「舟の中に?」
「ええ。大理石でできた舟の中に。そして永遠に横たわるの、歌いながら」

(同書 P11より引用)

舟の中に横たわる若く美しい女の裸体と彼女を愛しげに見下ろす死神の像を持った墓石。無名の彫刻家が手がけたとは思えない洗練された優美さを持つ作品であるにも関わらず、その作者は不詳とされている。
その墓の下に眠るのは1890年に十八歳でこの世を去った美貌の少女メアリー・デンホルムだった。芸術家村ビザンティウムで芸術家たちのモデルをしていたメアリーの死因は溺死とされていたが、その死には不可解な部分が残されていた。
墓石の芸術を研究テーマにしているスウィーニーは、友人トビーの誘いで時代にそぐわぬ奇妙な墓石のあるかつての芸術家村を訪れることになるのだが、墓石の作者探しと少女の死の謎とを追ううちに殺人事件と関わることになり……。


主人公のスウィーニー・セント・ジョージはハーバード大学の芸術・建築史学科の助教授。
墓石の芸術(葬儀装飾)という風変わりなテーマを専門としてはいますが、一応の世間的な成功は手にしています。助教授らしい貫禄とは無縁なものの学生たちとの関係も良好で、彼女の公的な生活はかなり恵まれていると云えるでしょう。
しかし、私生活の方はと云えば、父親は彼女が幼い頃に自殺し、母親とも疎遠な関係になっており、肉親に縁が薄いのみならず、婚約者を一年前にテロで亡くし、癒えない深い哀しみを心に残しているような状態。時は人恋しくなるクリスマスシーズンともなれば、普段は明るく振舞っていても孤独が身にしみてくるというものです。
そういった境遇を考慮しても後ろ向き過ぎるスウィーニーのことを途中まであまり好きになれなかったのですが、作品自体はバランスが良くてなかなか面白かったです。
作中に散りばめられた死に関する芸術(図像学)と歴史、ラファエル前派などの美術やアーサー王伝説やテニスンの詩など文学のモティーフは自分が好きな分野ということもあって、もっとたくさん読みたかったほどです。
個人的な好みで云えばもっと衒学的でもいいくらいなんですけれど、これ以上になると筋を追う上ではうるさくなるのから仕方ないのでしょうか。死の図像学の薀蓄などはかなり魅力的だったんですが。

過去の死と現代の死、村を騒がせている窃盗事件と、謎解きに関しては意外とこぢんまりまとめてしまったような印象を持ちましたが、ロマンスとしてもかなり王道なので安心感がありますし、ミステリよりもサスペンスとして読むならかなり楽しめるのではないでしょうか。


原書ではこのスウィーニーのシリーズは四冊目まで出版されているそうです。
スウィーニーが深い孤独から脱していく姿を見たいので、次作も邦訳が出てくれるといいなと思っています。




狡猾なる死神よ

  • サラ・スチュアート・テイラー、野口 百合子
  • 東京創元社
  • 1029円
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書評/ミステリ・サスペンス

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2008.02.23

オドの魔法学校 (パトリシア・A・マキリップ)

オドの魔法学校 (創元推理文庫 F マ 9-1) 画像クリックでamazonへ

『オドの魔法学校』
パトリシア・A・マキリップ 著 原島文世 訳 創元推理文庫 刊


 言葉はわからなかったが、願いは感じた。その呼びかけに惹きつけられ、夜に向かって扉が開くように、膨大な闇と化した自分に光とぬくもりが流れこんでくる。語句は何の意味も持たない。耳に届いたのは、言葉の内部や外部にあるもの、それをかたどる力だった。名前でさえも、まわりにある多くの雑音のひとつにすぎない。虫の鳴き声や鳥のさえずりと同程度のものでしかなかった。唯一理解したのは、話し手にとっては意味があるということだ。
 そう認識したことが記憶をかきたて、漠然とした力である存在に姿と定義を与えた。その姿に含まれているものを残らず形にしていく。情熱、経験、思い出、色、音、輪郭、手ざわり、そして最後に、すべての言葉を。

(同書 P371~372より引用)


両親を亡くし、弟にも恋人にも去られた孤独な青年ブレンダンのもとにオドと名乗る女巨人が現れる。
植物を扱う彼の才を見込んで、王都ケリオールにある魔法学校の庭師の仕事を頼みたいと云うのだ。
オドの招きを受けて魔法学校での仕事を始めたブレンダンだったが、彼の秘められた力は王国で管理される魔法の規範をはずれるものだった。
一方、王都の歓楽街<黄昏区>で興行を始めた魔術師ティラミンの噂に王と顧問官は懸念を示していた。
彼の一座が行っているのはただの目くらましなのか、それとも本当の魔法なのか。
真実を探るべく、警吏監アーネスは黄昏区へ入り込むが……。


本国ではコンスタントに新作が発表されているのに、日本語ではなかなか新作が読めずにもどかしい思いをしておりました。『影のオンブリア』(→感想)が出てから約三年振りでしたか。
言葉になりにくいようなあえかな空気すら美しい言葉で鮮やかに語り上げていく稀有な作家マキリップの久々の邦訳作品です。
感覚としては綺麗な音楽を聴いている時の気持ちに似ていたかも。いつまでもいつまでもこの物語世界に浸っていたい!と思いながら読んでいました。

迷宮めいた都市と魔法学校の中の迷宮、野の魔法と街の魔法。
孤独な青年、魔法学校の教師、王女、警吏監と魔術師の娘。
視点人物たちのそれぞれが関わりを深めるにつれて、場所の魔法と人々を取り巻く魔法が絡み合い、謎と神秘と不思議が織り成す美しい模様が眼前に現れてくるようでした。
筋立てそのものが割とシンプルなので躍起になって謎を追うのではなく、物語の中に漂っている美しい描写をひとつひとつ味わいながら楽しむことができました。

魔法そのものと土地が持つ力がこの物語の主役だと云われれば一応納得はできるんですが、欲を云うと魔法に翻弄された人々の描き方についてはちょっと物足りないかなと思います。
人々と魔法の真の関わり(新しい関わりと云った方が正確かな?)はこの物語が終わった時点から始まるんですよね。その辺りは皆まで書かずに読者の想像に委ねているのでしょうけれど、欲深い読者としましては後日譚も読んでみたいところ。特にヴァローレンのお堅い部分がどんな風に変化していくのかが非常に気になるんですよねぇ~。これは姫の頑張りに期待ってことで(笑)。
あと、長さに比して視点人物が多いからなのか、物語の焦点が一点に結ばれずに拡散していってしまうような気もしましたが、これは狙って書いているのかもしれませんね。

まぁ、つまらない不満を表明するのも憚られるような作品ですので、まやかしではない本当の「魔法」を文章で味わってみたい方には激しくお薦めです。


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2008.02.09

猫とともに去りぬ (ジャンニ・ロダーリ)

猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫)

『猫とともに去りぬ』
ジャンニ・ロダーリ 著 関口英子 訳 光文社古典新訳文庫 刊


イタリアの作家ロダーリの短篇集。
収録作品は以下の通り。

「猫とともに去りぬ」
「社長と会計係 あるいは自動車とバイオリンと路面電車 」
「チヴィタヴェッキアの郵便配達人」
「ヴェネツィアを救え あるいは魚になるのがいちばんだ 」
「恋するバイカー」
「ピアノ・ビルと消えたかかし」
「ガリバルディ橋の釣り人」
「箱入りの世界」
「ヴィーナスグリーンの瞳のミス・スペースユニバース」
「お喋り人形」
「ヴェネツィアの謎 あるいはハトがオレンジジュースを嫌いなわけ」
「マンブレッティ社長ご自慢の庭 」
「カルちゃん、カルロ、カルちゃん あるいは赤ん坊の悪い癖を矯正するには…」
「ピサの斜塔をめぐるおかしな出来事」
「ベファーナ論」
「三人の女神が紡ぐのは、誰の糸?」


おじいちゃんが猫になってしまったり、ヴェネツィアを救う為に家族ぐるみで魚になってみたり、自分のバイクを愛するあまり「彼女」と結婚しようと決心したり、宇宙人がピサの斜塔を賞品として奪いに来たりと、ユーモア溢れるナンセンス寄りの作品が収められています。突飛なようでいて人生の苦味を感じさせる寓話的なものもあり、なかなか奥が深いです。
個人的に気に入っているのは、ピアノ演奏を武器に(好きな作曲家はバッハ)横暴保安官と闘う孤高のカウボーイ、オリオロのビルがかかし連続消失事件の謎に挑む「ピアノ・ビルと消えたかかし」 。彼の美学ある闘い振りとラストのハードボイルドさが素晴らしいですよ!(笑)
あと、余命わずかとなったテッサリア王アドメドスが運命を変えようとする試みを描いた「三人の女神が紡ぐのは、誰の糸?」は、オチの微妙ながっかりさ加減が秀逸でした。読み終わった後にあの場にいた皆と一緒になってあらぬ方を眺めやりながら「あーあ……」って云いたくなっちゃう気分になりました。
悪気はまったく無いけど周囲のお膳立てを全部ひっくり返しちゃう間の悪い人っていますよね。良かれと思ってやってるんだけどねぇ……(溜息)。

日常と非日常の境界を軽やかに飛び越える(または行ったり来たりする)鮮やかさがあるので、違った角度から物事を眺めてみたいような時に読むと目を開かされることが多いかもしれません。
一度に全部読むよりは昼休みとか寝る前などに少しずつ読む方が楽しめるかな。
難しいことや堅苦しい考え方を取っ払って柔らかい思考でどうぞ!

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