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2008.05.23

エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏 (P・G・ウッドハウス)

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『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』
P・G・ウッドハウス 著 森村 たまき 訳 国書刊行会 刊

ウッドハウス・スペシャルの2冊目は短篇集です。
収録作品は以下の通り。


「ユークリッジとママママ伯父さん」
「バターカップ・デー」
「メイベルの小さな幸運 」
「ユークリッジのホーム・フロム・ホーム 」
「ドロイトゲート鉱泉のロマンス」
「アンセルム、チャンスをつかむ」
「すべてビンゴはこともなし 」
「ビンゴとペケ犬危機 」
「編集長の後悔」
「サニーボーイ 」
「元気ハツラツ、ブラムレイ・オン・シー」
「タズレイの災難 」


ユークリッジものとビンゴものとマリナー氏ものとフレディー・ウィジョンものにノンシリーズものが1篇。
合計12篇が収録されています。


「ユークリッジとママママ伯父さん」
「バターカップ・デー」
「メイベルの小さな幸運 」
「ユークリッジのホーム・フロム・ホーム 」
の4篇がユークリッジもの。
かなりオレ様な性格のスタンリー・ファーンショー・ユークリッジ(フルネームの綴りはStanley Featherstonehaugh Ukridge なんだそうです。ファーンショーの部分は絶対読めない……。そのまま見てフェザーストーンハフとか読んじゃうよ!)が物語の語り手でもあり友人で作家のコーキー(ジェームズ・コーコラン)に日々たかりつつ、人を酷い目に合わせたり人に酷い目に合わされたり、後見人のジュリア叔母さんの目を盗んでろくでもないことをやらかしたりしています。
バーティもいい奴ですけど、コーキーも本当にいい奴ですねぇ。友情ってスバラシイな!と考えさせられました(笑)。
コーキーの立場になってみればはた迷惑なことこの上ないですが。そして自分は絶対コーキーの立場にはなりたくありませんが(おい)。

「アンセルム、チャンスをつかむ」 はマリナー氏もの。
マリナー氏の甥、副牧師のアンセルムが愛するマートル・ジェラビー嬢に振り回されながら名付け親から受け継いだ遺産の切手アルバムをいかに処分して彼女と結婚したかの顛末が語られています。
運不運の上昇下降のテンポが良くて面白かったです。
切手蒐集家に限らず、マニア心理って因果だよねぇ……(身に覚えアリアリ・笑)。

ノンシリーズの「ドロイトゲート鉱泉のロマンス」が個人的には一番のお気に入り。
ポンムルームの場面ではバースを思い浮かべながら読んでました。
訳者あとがきによれば、ドロイトゲートはウースターシャーのドロイトウィッチ(バーミンガムの南西にある街)とヨークシャーのハロゲートを合わせた架空の街だそうで、概ねハロゲートをモデルにしている模様。でも作中に「イングランド西部にあるかの有名なる保養地」(P128)ってあるからバースでもイメージとしては間違っていないと思うんですがどうか(そんなことどうでもいいですよ)。
主人公フレディー・フィッチ=フィッチは、ドロゲートの病気セレブ(笑)たちにつまはじきにされて御機嫌斜めきわまりない療養中の伯父サー・エイルマーから信託財産の引渡し許可を得て愛するアナベルと結婚することができるのか?ってのが大筋です。アナベルの元婚約者モティマーやらジョー叔父さんやらが出てきてからのてんやわんやっぷりが楽しくって! 
収録作中で一番スラップスティック度が高いのではないかな。モティマーこと「偉大なるボローニ」の奇術を含めて映像で観てみたくなりました。
しかし、ランベローを筆頭にしたドロイトゲートの病気上流階級に属する人々の傍若無人ってばさぁ!
(中略)病人の間くらい、階級意識の過剰な共同体もありはしない。古代スパルタ人は彼らの奴隷にまったく友好的ではなかったというし、革命前のフランス貴族は自分のところの小作人にいくらかつんけんしたかもしれない。だが──たとえば糖尿病治療のためにスイスでインシュリン注射を投与されてきた人物が、足の巻き爪で村医者に治療を受けているだけに過ぎない人物に対してとる態度と比べれば、そんなのはほとんど親しみを込めて背中をポンポン叩くのに等しい。
(P129)
のだそうで、間違った選民意識丸出し(笑)なんですよね。
こんな人たちの中でストレスを溜め込んでたら病気が治りにくいんではないのだろうか、イラっとし過ぎて血圧上がるんではなかろうかと心配しちゃいます~。


「すべてビンゴはこともなし 」
「ビンゴとペケ犬危機 」
「編集長の後悔」
「サニーボーイ 」
の4篇はビンゴのシリーズ。
バーティの友人として親しみを持っていたビンゴですが、作家のロージーとめでたく結婚して男の子にも恵まれているので、アホはもう卒業なのかしら……とちょっぴり寂しく感じていたものの、でもそれがビンゴの幸せなんだから祝福しなくっちゃだわ!と思おうとしていたのに、

結婚しようが父になろうがアホはアホのままなんですね(笑)。

そんなビンゴが大好きだ!
特にほぼ連戦常敗なのにも関わらず、賭け事(主に競馬ですが、カジノにも行くし、息子のアルジャーノン・オーブリー君まで賭けの対象にしてますよビンゴってば……)に対するドリームを捨てられないところが全くもって激しくアホでスバラシイです。まさに昔のことわざにある通り、「スズメ百までアホを忘れず」って感じですよネ!(そんな諺はありません)
ロージーとウーフィー・プロッサー(※友人で金づる 資金提供者)に見捨てられない程度に賭け事もアホも頑張って欲しいです(笑)。


最後の2篇はフレディー・ウィジョンのシリーズ。
彼はドローンズ・クラブに所属していてビンゴの友人でもあるようです。
語り手のクランペット氏によれば、女の子と「意気投合するまではほぼ確実にOKなんだが、意気投合し続けでいるってことが絶対にできない」、「ボーイ・ミーツ・ガールにはついちゃあ途方もなく凄腕だが、あいにくボーイ・ルーズ・ガールについてもおんなじように百発百中」(P312)なんだそうです。瞬発力はあるけど持久力がないってことか?(笑)
「元気ハツラツ、ブラムレイ・オン・シー」 ではメイヴィス・ピースマーチ嬢とのロマンスが、「タズレイの災難 」 では、エイプリル・キャロウェイ嬢とのロマンスが披露されますけれど、結果はまぁお察し下さい……(遠い目)。
いやでも、皆フレディーには永遠の恋の探求者でいて欲しいと思うヨ!
個人的な笑いのツボはP345でのエイプリルとのやり取りでした。
ワタクシも「シャロット姫」が好きなのでちょっと親近感を持ちましたー。好きの方向性が全く違うんだけどさ(笑)。
どうでもいいけど、ウッドハウス作品って「フレディー」多過ぎでかなり混乱します。
エムズワース卿の次男もフレディーだったしなぁ。

ウッドハウスの笑いのエッセンスが詰まったなかなか豪華なセレクト作品集なので、ウッドハウスの本って何冊も出ているからどれから読めばいいかな~と悩んでらっしゃる方にもお薦めできると思います。
お気に召したらジーヴスのシリーズやエムズワース卿のシリーズなどもどうぞ☆



<ウッドハウス作品感想>

■国書刊行会版

ジーヴスもの。
『比類なきジーヴス』
『よしきた、ジーヴス』
『それゆけ、ジーヴス』
『ウースター家の掟』
『でかした、ジーヴス』
『サンキュー、ジーヴス』
『ジーヴスと朝のよろこび』
『ジーヴスと恋の季節』

エムズワース卿もの。
『ブランディングズ城の夏の稲妻』


■文藝春秋社版
『ジーヴズの事件簿』
『エムズワース卿の受難録』
『マリナー氏の冒険譚』


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2008.05.13

論理は右手に (フレッド・ヴァルガス)

論理は右手に bk1


『論理は右手に』
フレッド・ヴァルガス 著 藤田真理子 訳 創元推理文庫 刊


パリの街路樹の根元に落ちていた犬の糞から人骨が発見された。
元内務省調査員のルイ・ケレヴェレールは友人の甥で中世史学者のマルクを助手にし、独自の捜査を進めていく。ブルターニュの村ポール=ニコラ在住の講師の飼い犬に辿り着いたケルヴェレールは、つい最近その村の海辺で老女が事故死していたことを知る。
犬は何故人骨を口にしたのか、そして骨は事故死した老女のものなのか。
若き歴史学者たちを従えたケルヴェレールは老女の死の真相を探ろうとするが……。


三聖人シリーズの2冊目。
今回のメイン主役はヴァンドスレールの友人であるルイ(リュドヴィク)・ケルヴェレールです。
マルクとマティアスは彼の助手として活躍しますが、リュシアンはマルクの荷造りを手伝う(彼は前作でも荷造りをやってあげていましたね。聖ルカは荷造りが得意なのかな?)くらいで殆ど出番がありません。ヴァンドスレールもあんまり出てきません。因みにボロ館の場面も少ないです。

シリーズ物としての楽しみを味わえなくてちょっとがっかりしておりましたが、それを補って余りあるのがケルヴェレールの魅力でしょうか。
ビュフォという名前のヒキガエルを相棒としているかなりの変わり者ではありますけれど、過去に色々なしがらみや謎を抱えている一筋縄ではいかない人物で、五十歳という年齢の割に男性としての魅力もなかなかのもののようです。マルクの伯父のアルマン・ヴァンドスレールもかなり魅力的でしたが、ケルヴェレールは癒えない古傷を抱え込んでいる(と云うかかさぶたになりかかった傷を何度も何度も剥がしてしまっているようにも思えます)だけに見ていて危なっかしいところがあって、達観している部分との齟齬と合わせると相乗効果の魅力が出てくるように思えます。
何と申しますか、有能なヘタレには挫折と自嘲と離別(特に昔の恋人が忘れられなかったりするとベスト)が不可欠だよね!と主張したくなってしまう感じでしょうか(笑)。
これは著者の年配男性の描き方が巧みなせいかもしれませんね。若者(と云っても三十代も半ば)の三聖人たちが時として霞んでしまうほど彼らの陰影は鮮やかで印象に残ります。
マルクはもうそろそろ落ち着いてもいいんじゃないの?と思いつつ、余裕が無くてピリピリイライラしながらも付き合いは良いんですよね。結局とことんお人好しなんだよなぁ、聖マルコは。

そんなユニークさ溢れる登場人物たちの内面の葛藤をユーモアとシリアスさを交えて語りつつ、犬の糞から見つかった人骨と老女の死の真相がケルヴェレールの追っていたものと絡み合い、謎がほどけていく過程はお見事と云うほかありません。小道具になっている御託宣を出す機械の使い方も巧いなぁ!
べたつかずにさらっと終わらせるラストの読後感も心地良いものがありました。


一作目の訳者あとがきによれば、次回作はパリが舞台になるそうなので、懐かしのボロ館に再会できるのがとても嬉しいです。
ケルヴェレールも再登場して、今回彼の文書整理のバイトをしていたマルクは家政夫の仕事をするそうです。
今回のようになんだかんだと文句を云いつつも聖マルコはケルヴェレールの世話を焼くのでしょうか。
ひょっとしたらリュシアンとケルヴェレールとの会話なども出てくるのかな?
そのあたりのやりとりも楽しみなので次回作を早く読みたいです!




論理は右手に

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書評/ミステリ・サスペンス

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2008.05.12

ポルトベーロの魔女 (パウロ・コエーリョ)

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『ポルトベーロの魔女』
パウロ・コエーリョ 著 武田千香 訳 角川書店 刊

ルーマニアで生まれレバノンとロンドンで育ったアテナは、長じるにつれて神秘性を己のものとし、ある事件から“ポルトベーロの魔女”と呼ばれることになり、毀誉褒貶の多い人生を送ることになります。
彼女に関わった人々の証言をまとめ上げ、アテナの人物像を読者の前に提示するといった構成の、フィクションの中にドキュメンタリー要素を持ち込んだ小説ですが、一冊を通読してもアテナという女性のすべてが理解できるわけではないところがこの作品の面白いところだと思います。
親であったり、元夫であったり、元上司であったり、師にあたる人物であったり、後継者となる人物であったり、語り手とアテナの関係はさまざまです。彼女と関係者たちが結んだ関わりの深さ浅さ、彼女へ対する感情の好悪など、さまざまな関係の中で語られる「事実」を通じてアテナの「真実」に近づこうという試みはミステリのようでした。
関係者それぞれが持つ事実はそれら自体の信憑性を疑わないとしても、事実の断片でしかないのですよね。多くの関わりをある角度から眺めた時に生じたものに過ぎず、その断片をいくつ集めたとしてもパズルのピースがおさまるべきところにぴたりとおさまるようには正確な実像が浮かび上がってくることはなく、情報を受け取る側の解釈によっても誤差が生じることもあるわけです。
膨大な事実を集めた精密な記録がどれほど真実に近いものであっても、決して真実そのものにはなれないことに似ているかもしれません。
それはアテナのように波瀾万丈な人生を送っているわけではない普通の人たちに対しても同じことが云えるのではないかと思います。ひとりの人間の生きてきた軌跡と云うのは、自分以外の他人(それがどんなに近しい存在であったとしても)との関係を考えると実はかなり複雑なものなのではないだろうかと考えてしました。

アテナは邪教を奉じる魔女であったのかそれとも母神を顕現させうる真の祭司であったのか。
混沌の中に紛れている真実を見つけ出すことこそが恐らく読者に委ねられた仕事なのでしょう。
正直なところ、自分が求める物語ではないなとは思いますが、示唆に富む言葉が多くてなかなか興味深かったです。ラストには戸惑いましたけども。

ところで、タイトルは「ポートベロー」ではなくて「ポルトベーロ」なんですね。
ロンドンの地名だったらポートベローの方が自然だと思うんですが、ポルトガル語っぽさを出してるのかな?


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