剣の名誉 (エレン・カシュナー)
『剣の名誉』
エレン・カシュナー 著 井辻朱美 訳 ハヤカワFT文庫 刊
「私が挑戦するのは、人にそんな仕打ちをするべきじゃないからです。誰もそのことに気づいていないし、気にもかけていないようですけど。特に卿はそうです。もう彼女は自分のものだと思ってて、両親もそう思ってて──伯父様でさえそう思ってる。胸が悪くなるわ」
伯父は見たこともないような表情で私を見上げていた。そんなことがあるとすればだけれど、いまにも泣きそうだった。
(同書 P414より引用)
破産寸前の田舎貴族の娘キャザリンは、その元凶とも云うべき伯父トレモンテーヌ公爵から市の邸への招待を受ける。自分の未来を都会で拓けることを喜ぶキャザリンだったが、<狂公爵>の異名を持つ伯父が彼女に命じたのはなんと男装と剣客修行だった。伯父の考えに不満を抱きながらも、キャザリンは公爵の過去を良く知る師の下で剣術の才能を開花させ、友情と義侠心から名誉をかけた決闘を申し入れるまでの腕前となる。
その一方で過去の因縁を発端とする陰謀が水面下で動き出し、トレモンテーヌ公爵を窮地に追い込もうとしていた……。
『剣の輪舞』の続篇。十八年後の物語となります。
前作の『王と最後の魔術師』(→感想)を読んだ限りでは昔からかなりの女傑タイプだったのかな?と思っていたキャザリンですが、少女時代は都会での暮らしや綺麗なドレスに憧れる割と普通の女の子だったんですね。
そんな女の子がやりたい放題な破天荒人生を送る伯父様の薫陶(?)を受けて思いもかけなかった才能を花開かせていく成長物語です(たぶん)。普通の少女がその武勇伝を含めて伝説の存在になるまでのお話でもあり、ある意味で「マイ・フェア・レディ」な感じでもあるかも。
売られた後継者(言葉が悪いんですが)のように見える立場のキャザリンが色々な経験を積んで逞しくなっていく姿がなんとも頼もしいです。母娘の間に築かれている信頼関係が由来しているのでしょうけれど、この子は芯の部分がとてもまっとうなんですよね。きちんとした愛情を受けて育った子の強さが発揮されているなぁと思います。最終的には伯父様の心も動かすまでになるしね!
従僕の少年マーカスとの共犯関係も微笑ましかったりドキドキしたりと楽しませてもらいましたし、<黒薔薇>とのやりとりも色っぽかったですね~。
『王と最後の魔術師』を読んだ時に、なんだかんだ云ってキャザリンはジェシカに対してちょっと甘いところがあるんじゃないかなーという印象があったのですが、今回の話を読んで黒薔薇とのことがあったからなのか?と邪推してみたりしましたよ(笑)。
様々な出来事を経て大人の階段を駆け上がっていくキャザリンのパートも大変に面白かったのですが、本作の蔭の主役はトレモンテーヌ公爵だったのかもと思います。
トレモンテーヌ公爵夫人の後を継いで公爵になったアレクは、<狂公爵>の仇名の通りに、男女を問わずに愛人はとっかえひっかえしたり(でも好みとしては学の有る無しに関わらず頭の切れる人物が好きだよね)、貴族社会でも毒舌を吐いたり突拍子もない行動を取ったりして敵をたくさん作ったりといっそ清々しいほどの享楽的な人生を謳歌しています。
『剣の輪舞』でなにかってえと不機嫌そうにしていたあの美青年がこんな風な成長(?)を遂げていたのかとしみじみしていましたらば、本質的な部分はあんまり変わっていなくて猛烈に可愛かったりしてもうたまりません(笑)。
その愛されっぷりも含めてつくづく美味しいキャラクターですよねぇ。
リチャードの台詞じゃないですが、本当に「アレク、あなたって人は」って云いたくなるよな。
最後の最後までかなり幸せな人生だったのではないかと推察しますけども、もうアレクならなんでも許す!って気持ちになってしまいますハイ。
あ、リチャードの出番は少ないですが、美味しい所は鮮やかなまでに総取りなのでリチャードファンの方も御安心下さいませ!
そんなダブル主人公を中心に据えた非常にゴージャスな展開の一筋縄ではいかない恋と友情の陰謀の冒険活劇です。
読んでいてずいぶんお腹いっぱいになりましたが、女公爵キャザリンの細腕奮闘記(?)もちょっと読んでみたいな~と思ってしまいました。
まぁ、色々想像の余地を残してくれているのが著者の優しさなのかな。
トレモンテーヌ年代記とも云える三部作はここで終了。でもまた最初から三部作を読み返したくなってしまいました。今度は時系列順に読んでみようかな~などと楽しみが広がります。
なお、本作を読む前に『剣の輪舞<増補版>』に収録されている「死神という名前ではなかった剣客」は再読しておくとよりいっそう面白さが増すと思います。ここで言及されているアレクの妹がキャザリンの母親です。
アレクの屈折したシスコンっ振りを堪能する意味でも是非!(笑)



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