« August 2008 | Main | October 2008 »

2008.09.23

ぼくとルークの一週間と一日 (ダイアナ・ウィン・ジョーンズ)

ぼくとルークの一週間と一日 (sogen bookland) 画像クリックでamazonへ

『ぼくとルークの一週間と一日』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 著 大友香奈子 訳 創元ブックランド 刊


両親を亡くして大おじの一家に引き取られたデイヴィッドは、ことあるごとに恩着せがましく感謝を要求する親戚たちにうんざりしていた。
そんな生活にとうとう我慢ができなくなったある日、デイヴィッドは彼らに呪いをかけようと思い立ち、でたらめな文句を唱えてみたところ、地面が揺れて塀が崩れ、ルークと名乗る奇妙な少年が現れた。
彼が現れてからのデイヴィッドの生活はおかしな形にゆがみはじめ、やがてルークを追う者たちとも関わってしまうことになり……。

ダイアナ・ウィン・ジョーンズの初期作品。
下敷きになっているのが北欧神話で一週間とくれば、神話を御存知で察しの良い方ならすぐにルークの正体や次々出てくる人物の見当もつくかと思います。ここで語るのも無粋なのでその辺は割愛。
物語自体もさほど長くなく、テンポの良い会話と展開の面白さでどんどん読ませてしまうタイプなので、するっと読了できてしまいました。
ただ、厭な人の書きっぷりが巧みだったり(笑)、人間世界と神々の世界が交わるあたりの雰囲気はきちんとしたファンタジーの迫力を持っていてとても読み応えがありましたし、デイヴィッドとルークの置かれている状況をリンクさせていたり、出てくる人が見た目通りの存在ではないことが示されるあたりや、大きな存在に対してもひるむことなくフェアプレイの精神を要求する主人公の力強さなど、ジョーンズ作品の魅力は当然のことながらここにも込められていると思います。

ジョーンズ作品にしてはかなり読みやすいかと思いますので、入門篇に良いかもしれません。
北欧神話好きにもとりあえずお薦め。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.09.09

美しいハンナ姫 (マリア・ケンジョジーナ)

美しいハンナ姫 (岩波少年文庫 153) 画像クリックでamazonへ

『美しいハンナ姫』
マリア・ケンジョジーナ 著 足達和子 訳 岩波少年文庫 刊


ポーランドの民話をモティーフに著者がまとめた物語集です。
収録作は以下の通り。

「美しいハンナ姫 」
「盗人のクーバ」
「王女さまの手箱」
「ヴォイテックの冬作物」
「若かったわたし」
「クリーメックの息子」


「美しいハンナ姫」は、七つ山を越え、七つ川を越えたむこうに、世界でいちばん美しい姫がいると聞いたハヌシ王子が彼女を花嫁にしようとするのですが、そのハンナ王女は世界中のどんな王子も自分にはつりあわないと云い放つ高慢な姫君でした。そんな彼女と結婚するために賢い王子がめぐらせた計画とは……。

なんかどこかで読んだことのある展開だなと思っていたら、グリムの「つぐみのひげの王様」と同じ構造でした。
庭師の弟子ヤーシェックに身をやつしたハヌシ王子があの手この手で王女を落とすまで(最終的には姫から求婚するは、駆け落ちにはOKするはで姫の方がべた惚れになってます・笑)の経緯にはツッコミどころも多いんですけど、ヤーシェックに裏切られたと誤解したハンナ姫が「わたくしにはヤーシェックだけ、ほかの誰も望まなかった」(P39)と考える場面が彼女の誇り高さを表していて印象的でした。
「七つ山を越え、七つ川を越えたむこうに」ってな云いまわしがとても素敵でこちらも印象に残ってます。
もともとはこの言葉が本の原題だったそうです。さもありなん。
以前、岩波文庫のハンガリー民話集を読んだ時にもお話のはじまりが「あったことか、なかったことか」というものでこれも忘れられない云い回しでしたが、中欧あたりの民話にはこういった素敵なフレーズが多いのかな。

「盗人のクーバ」は、家族を養うためにパンを盗んでしまった男、クーバが思わぬ形で国の危機を救う話。
「王女さまの手箱」は、誕生祝いに悪魔から金銀財宝が詰まった手箱を贈られたヤドヴィガ姫が欲にかられるまま、求婚者の王子と共に悪魔のもとへと旅立つ話。
「ヴォイチェックの冬作物」は、怠け者で「ろくでなし」と呼ばれる男ヴォイチェックが魔女に馬の姿に変えられ、呪いを解くために働き者になり、意中の娘アニェルカと結婚するまでの話。
「若かったわたし」は、若かった頃に怠けていたつけを歳をとってから払わなければならなくなった後家のペプルーラが、愛犬クシティックの導きによって「昔の年の国」へ若かった頃の自分に会いにいく話。
 「ヘイ、若かったわたしは ヘイ、どこへ行った?」
ではじまる歌の繰り返しがリズミカルで呪文めいていて素敵でした。
この話のはじまりの言葉「遠くでも近くでもないところに、美しい村がありました」も好きだなぁ。
以上の4作品は怠惰や強欲を戒めています。としてみると、ポーランドの人の美徳って勤勉と質素倹約につながるのかしらと考えてみたり。まぁ昔話では概ね怠け者や欲張りには罰が当たるものではありますが。
「クリーメックの息子」は、縁もゆかりも無い宿屋の息子が自分の職と家を継ぐとの神の予言を盗み聞いた司令官が悪魔の手を借りて神の意志に逆らおうとする話。
やることなすこと裏目に出てしまっているのに不屈の精神をもって事に当たる司令官の行いは方向性さえ間違ってなければ評価できると思います。
おそらく彼は自分の力だけで司令官の地位までのぼりつめて、そのことに自分でも自信と誇りを持っていたのではなかろうか。だからこそ、「神の意志」などというものに絶対負けたくなかったのではないかなぁとか本筋からはずれた非常にどうでも良いことを考えてみましたが、そもそもこの話の教訓は「神さまは良い行いには報いてくださる」(P297)ってことだから、神に逆らう傲慢さと残虐さを持つ司令官は罰せられて当然なのでしょうけどね。


この物語集は、第二次世界大戦後間もない1948年に刊行されたそうです。
戦争ですべてを失ったポーランドが、困難のさなかで民族の心の拠り所となるものを甦らせようとした熱い思いが込められている本だということを著者あとがきで知り、読み終わった後に静かな感動を覚えました。
大きな力に踏みにじられてすら消えゆくままにはさせまいとする、本の中に込められた人々の強い意志は後世へ繋げていくべきものなのでしょうね。
この小さな本が日本でもたくさんの人に読まれるといいなと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.09.04

第三帝国の興亡 1 (ウィリアム・L・シャイラー)

第三帝国の興亡 1 画像クリックでamazonへ

『第三帝国の興亡1 アドルフ・ヒトラーの台頭』
ウィリアム・L・シャイラー 著 松浦伶 訳 東京創元社 刊

ヒトラー政権時のドイツで活動していたジャーナリストが膨大な資料と綿密な取材により書き上げた歴史ノンフィクションの第一巻。
この巻では、ヒトラーの出自からその青春と不遇の時代を経て、総統としてドイツ国内で権力を掌握するまでが書かれています。

皆川博子氏のドイツものやここ数年で日本でも公開されたナチス時代を描くドイツ映画などの影響もあって、第三帝国に関しての興味が深まっていたのですが、ヒトラー関連の書籍はとにかく数が多く、いったいどこから手をつけてよいものやらと迷っていました。
そんな時にこの本が出版されたことを知り、第三帝国の歴史を概観できる良い機会だとばかりに読んでみることにしましたが、あまりにも膨大な情報量に圧倒されて読み進めるのに時間がかかってしまいました。

同時代を生きた著者ならではの臨場感溢れる描写は、通常は終わったこととして描かれることの多い「歴史」を現在進行形で起きていることであるかのように読者の眼前に突きつけてくるもので、結果はわかっているのに先をどんどん知りたくなってしまったり、事件と事件をつなぐ過程はどのように語られるのかとの興味が湧いてきたりと、歴史の本を読んでいると云うよりも群像劇的な歴史小説を読んでいるような気分になりました(不謹慎かもしれませんが)。
第一次大戦後のドイツ国内の緊張感溢れる情勢が微に入り細に入り記されており、そこにヒトラーという人物の生い立ちやひととなり、さらには彼に関わった人物らのエピソードが克明に描かれています。
ナチ党が紆余曲折を経て大きな組織となっていくあたりの描写はかなりの迫力でしたし、敗戦から泥沼に陥って悪化の一途を辿るのドイツ国内の社会状況の描写と合わせると読んでいて背筋が寒くなる思いでした。
巧みな演説によってどん底の中での甘言の威力が増し、平時であれば失笑されて終わるようなとんでもない説やあからさまに間違った選民意識などに人々が耳を傾けてしまうというような事態は現代にも等しく起き得ることだと思います。
その先に待っているものが破滅のみなのは周知の事実ではありますが、既に終わってしまった「歴史」から同じだけの危機感を自らの時代のものとして考えることができる人がどれくらいいるのでしょうか。突き詰めて考えようとすれはするほど恐ろしくなります。

噛み砕くのは大変ですが、非常に読み応えのある作品でもあります。
次巻はオーストリア併合とチェコスロヴァキアの消滅が語られるとのこと。
チェコとナチスドイツの関係については知りたいことが多いので次も非常に楽しみです。





第三帝国の興亡 1 (1)

Amazonで購入
書評/歴史・記録(NF)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.09.02

水のしろたえ (末吉暁子)

水のしろたえ 画像クリックでamazonへ

『水のしろたえ』
末吉暁子 著 理論社 刊


都から駿河へ赴任してきた国守(くにのかみ)菅原伊加富(すがわら いかとみ)は、大瀬(おせ)の岬でこの世のものとは思われぬ美しい娘と出会う。玉藻という名の娘に強く惹かれた伊加富は彼女を妻とし、都へと連れ帰る。
やがて玉藻は伊加富の子どもを身ごもるが、出産の際に命を落としてしまう。
母の記憶はないものの、側仕えの女房小松や父の愛情に包まれて育った真玉(またま)は幸福に暮らしていたのだが、征夷大将軍坂上田村麻呂の副使として陸奥の国へエミシ討伐に旅立った父が朝廷を裏切り敵前逃亡したとされ、住み慣れた邸にも火をかけられる。
小松とふたりで逃げ出した真玉は石山寺に身を隠して父の帰りを待つことにするのだが……。


羽衣伝説をモティーフにした歴史ファンタジーかと思っていたのですが、思っていたよりもファンタジー色は強くなく、人間の父と異界の住人の母の間に生まれた主人公の少女が自分の生きる道を自分で決める物語という印象でした。
異種婚姻譚が中心にある割には真玉と異界を直接繋ぐのは水底の国の番人であるギョイだけなので(間接的に繋いでいるのは母の残した「水のしろたえ」でしょうか)、幻想味はけっこう少な目に感じました。<水底の国>の詳細や<上つ国>との対比はもっと本文でじっくり読みたかったです。ファンタジー的には一番重要なところだと思うんですけど!
平安朝ものとしてば、坂上田村麻呂やアテルイに藤原薬子や高丘親王と、なかなか豪華な人物たちが登場しています。
ただ、様々なエピソードを盛り込むにしてはやはり物語が短すぎたような気がします。
蝦夷関連の出来事にしても宮中での出来事にしても、手際良くまとまっているなぁと感じながらもやっぱり喰い足りないんですね。歴史群像劇ではなくて真玉という少女を主人公に据えている以上は当然なのでしょうけれど、もうちょっと長い話として読みたかったです。
幼くても聡明な高丘親王の描き方も良かったですし、自分に正直な薬子の姿も鮮やかな印象を残していたので、宮中の話はもっと突っ込んで欲しかったな。
児童文学としてはあまりドロドロしたものを織り込み過ぎるのもよろしくないのでしょうが。

歴史もの寄りの少女の成長小説としては面白かったです。
丹地陽子さんのイラストも素敵でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« August 2008 | Main | October 2008 »