« September 2008 | Main | February 2009 »

2008.10.14

逃れの森の魔女 (ドナ・ジョー・ナポリ)

逃れの森の魔女 画像クリックでamazonへ

『逃れの森の魔女』

ドナ・ジョー・ナポリ 著 金原瑞人・久慈美貴 訳 青山出版社 刊


「その鉢、おばあさんが作ったの?」グレーテルが指さしてたずねる。
「そうだよ」
 グレーテルは欲しくてたまらない目付きで鉢を見つめている。けれども口から出た言葉には、そんな気配は少しも表れていない。「使いやすい大きさね。いろんなものがいれやすそう」
「なんにも入れないことにしているのだよ。汚れないようにね」
 グレーテルの顔がぱっと明るくなる。「ほんと。ほんとにけがれていない感じ」
「きれいだと思うかい?」
「きれい? うん、そうかもしれない」グレーテルは考えこみながら答える。「でも、きれいっていうより、けがれてないのよ。大事なのはそっちでしょ」

(同書 P142より引用)


『わたしの美しい娘―ラプンツェル』が非常に好みだったのでかなり期待していましたが、童話の再話を得意とする著者の作品なので予想以上でした。
こちらは「ヘンゼルとグレーテル」の再話もの。
ヘンゼルとグレーテルをお菓子の家に誘い込んで食べようとする魔女を主人公にした物語です。
信心深く、優れた治療師であり娘を愛する母親だった「醜い女」が悪魔と取引させられ、魔女として歩まざるを得なくなる過程が丁寧に描かれているので、彼女の行ったことに同情しこそすれ、断罪することなどはできませんでした。
彼女が傲慢さだと考えるものでも読んでいるこちらにとっては自負と取れるものでしたし、娘への愛は執着と云って片付けてしまえるようなものでもありません。美しいものに憧れる気持ちも虚栄心や欲からくるものだと責められるようなものでもなく。弱さが悪いと云ってしまうのは簡単なことですが、彼女の持つ哀しい弱さは人間誰もが持ち得るものであります。その点を著者は知り尽くしているように思えました。
そんな過去を経た末に、魔女という存在に貶められ、それでもなお森の家で気概を持って生きようとする彼女の元にヘンゼルとグレーテルが現れます。
ここからは読者が親しんできた物語に沿う展開へなっていきますが、孤独な暮らしをしていた魔女が子どもたちのぬくもりによって温かな気持ちを取り戻していく件りなどは結果が既にわかっているのに、三人のこの暮らしがずっと続いていって欲しいと叶う筈もない願いを抱いてしまう程でした。
そして訪れる平穏な生活の破綻はあらかじめ決まったものではありますけれど、読んでいて切なくてやりきれなくてたまりませんでした。
魔女と鉢とグレーテルのエピソードは特に素晴らしかったです。
魔女の元に最後に訪れたものに関してここでは触れませんが、魔法の円から始めた物語を再び魔法の円で閉じる手腕もお見事。そもそも原題が「The Magic Circle」なのから当然と云えば当然ですね。
短めの話なのに読後の満足感はとても深いです。
静かで美しい言葉で紡がれるもうひとつの童話の世界を見てみたいとお思いの方にはお薦め致します。
ただもう絶版なようなのでその点が非常に残念……。


なお、本作ではグレーテルの方が姉となっています。訳者あとがきによれば、英米ではグレーテルの方を姉とする方が多いのだとか。
ヘンゼルが兄になっていることにずっと馴染んでいたもので、はじめはちょっと違和感を覚えたのですが、グレーテルの利発さを考えたらこちらの方が納得がいく形ですね。

装画が印象的だったので、どなたの手によるものなのかと考えていましたら、出久根育さんのものでした。
不思議さと不気味さとが品良く同居していて作品のイメージにぴったり。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« September 2008 | Main | February 2009 »